Archives ( 2006-12 )

ありがとうございました

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今年出会った全ての方々、私を支えて下さった皆様今年も一年有り難うございました。
毎度のことですが、無鉄砲向こう見ずの私を半ば呆れながらも励ましてくれた友人たちには本当に感謝しています。
今年の私の傍若無人ぶりは自分でも呆れるほどでした。
HONDAの広報のKさん月刊農業のYさんが励まして下さったおかげで自分に自信がつきました。
プロデューサーのKさん、海の物とも山の物ともつかない私のシナリオを誉めて下さって感謝しています。

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援農ボランティアの実習でお世話になった木下さん、実習仲間のIさんHさん、お二人のおかげで楽しい実習になりました。有り難うございました。
八郷の体験田では、いつものことながら八郷の方々にお世話になりました。美味しいお米を有り難うございます。
夏にカゴメの食育探検でお世話になったカゴメとサミットのスタッフの方々、楽しい思い出をありがとうございます。後藤さんの励ましの言葉は今でも忘れません。あの頃とても参っていたので胸に浸みました。
三浦交流会、高橋牧場の高橋ファミリー、ふるさと体験、長野松代のボランティアの高校生、房総食料センターの加瀬さん、まだまだたくさんの人に出会いお世話になりました。
今年も辛い一年でしたが、今年出会った人たちは本当にみんな素敵な人達ばかりで、それだけが救いの一年でした。人との繋がりが大切だと実感できました。
船橋のHさんが頑張っているから私も頑張れたよ、八王子のHさん、あきる野のSさんが愚痴を聞いてくれたから腐らないでなんとか今日までやってこれました。
みなさん来年もよろしくお願いしま~す!!
来年は結果が残せるように命がけでガンバリます!!

あと2日です

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いつもなら年末は29日から1日までスキーに行くのですが、今年は娘の受験のため家で大人しくしています。
年末に家にいるのは息子を妊娠していた年以来のこと。
年末年始に家でのんびりするという発想が全くない私は、この28年間のうち家にいたことは子どもがお腹にいた2回だけです。
二人とも丁度今頃が臨月だったので、さすがにスキーには行きませんでした。
それでも臨月前まではお腹が大きかろうが、つわりだろうが、海釣りや川釣り、田舎のばぁちゃん家にも行ってました。
スイミングでバタフライまでやってたし・・

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仕事ももちろんギリギリまでやっていました。
そういえば、娘を妊娠していた時に田舎に行った時の話だけど、短パンとTシャツ姿でフラフラしていると、ばぁちゃんや叔母さんやらに
『全く妊婦のする格好じゃないね』と呆れられた。
早朝から釣り竿持って川に釣りに行ってると、遠くの方から誰かが叫ぶ声が聞こえて来た。その声はだんだん近くなって
『まゆみ~!!早く家に戻っておいで~!!』
叔母さんが凄い形相でこちらに向かって来る。
『何ごとだ?』
ボケッと見ていると、大きな体の叔母さんがゼーゼーいいながら
『ヘリコプターで農薬を撒くんだってさ。早く家に入りなさい!!』
もうびっくり!確かにヘリコプターの音が近付いて来る。
ダッシュで家に帰った。
家中の窓を閉めて、外を見ていると田んぼの上をヘリコプターが回っている。ものすごく低く家のそばまで飛んで来た。危機一髪!!
『あんた放送聞いてなかったでしょ』
『何か言ってるなぁとは思ったんだけど聞いてなかった』
『全く本当に呆れるねぇ。妊婦なんだからしっかりしなさい』
『この子は小学生の時のまま変わってないよ』
ばぁちゃんも呆れていたっけ。
今も息子と和田堀池でヘドロだらけになって網を振り回している永遠の小学生の私です。

アニメーターはつらいよ14

アニメ

『こんな不気味なところにうら若き乙女の、この私が働いていいわけないだろうが!!早く帰りたいよぉ・・』
と逃げ腰だった私に、社長の
『やめた方がいいよ』の一言。そこに追い打ちをかけるように
ベテランのアニメーターのおじちゃん二人に
『男しかいないむさ苦しいスタジオだしね』
『女の子には可哀想かもしれないね』
と言われ、私はモーレツに逆にここで働きたくなった。
『ちょ、ちょっと待って下さい!私やります。やらせて下さい!是非やらせて下さい!!』
勝手に口が言っていた・・・

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自分で言っておきながら、心の中で叫んでいた。
『私のバカバカ!何言ってんの!』
必死に訴える私を見て
『どうしてもやりたいって言うならねぇ・・本当にやれるの?』
『はい!!』
『アニメの仕事はコ○キと一緒で三日やったらやめられないよ』
とおじちゃん先輩に言われて私はキョトン顔になった。
三日やったらやめられないなんてねぇ、そんなわけないじゃん。(当時は思っていたけど本当に28年続いてしまった)
面接の帰り道私は肩を落として家路に戻った。
『何で、やらせて下さいなんて言っちゃったんだろう。駄目って言われるとやりたくなる。私って昔っからそういうとこあるんだ』
家に帰ると心配顔の母が待っていた。
『どうだった?大丈夫だった?』
『すごく変な会社だったよ』
『やっぱりねぇ。怪しいと思ったよ。で、やめたんだろ』
『来月から行くことになった』
『えぇ~!!なんでぇ~!!』
散々私に勧めておいて母は驚いていた。
               つづくっ!!

MADE IN 足立11

連載物語 MADE IN 足立

闘鶏が終わった後の軍鶏の姿は壮絶です。
腹のところを爪でザックリと裂かれて大量出血したり。
ところが、それで戦意喪失でグッタリなんてしないんですよ。それどころか目を剥きだし羽根をバタつかせて自分の強さを逆にアピールするんですから、軍鶏って奴は凄い生き物です。
闘鶏から帰って来ると父は
『おうっまゆみ!!裁縫箱と酒持ってこい!!』
と私に指示します。
これから何が起こるかと言うと・・・凄いよ↓

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私が裁縫箱と一升瓶を父のところに持って行くと緊急オペがはじまる。
腹巻きにステテコ姿の親父に手術されるのは嫌だよねぇ。
父は酒を口に含み、傷口にブッと吹きかけて
『まゆみね針に糸通せ』
と指示する。助手の私は針に糸を通す。
オカッパ頭に毛糸のパンツの助手も嫌だよねぇ。
(差詰め、足立区のブラックジャックとピノコだね)
するとその裁縫用の針と糸で傷口をチャッチャと縫ってしまうのだ。私は瞬きもしないで見ていた。
『そんなで治るの?』
と素朴な疑問を投げかけると
『あたりめぇだよ。こんなのほっときゃ治るんだよ』
と笑っていた。確かに父のオペで奇跡的に治る軍鶏もいたけど、やはりケガが致命傷で死ぬ軍鶏もいた。
夕方、台所で珍しく父が何か煮ている。
『お父さん・・これってもしかして・・・』
『まゆみ君手術は失敗した。こういうこともあるもんだ。ガッハッハ』
と死んだ軍鶏を煮込んでいた。しかし、闘鶏の軍鶏はどんなに煮込んでも筋肉質のためとても肉が固い。お世辞にも美味しいとは言えない。
現在、茨城には食肉用の軍鶏肉があります。これは絶品。とても美味しいのでお試しあれ。
               つづくっ!!

アニメーターはつらいよ13

アニメ

怪しいスタジオのドアの前で立ち往生してしまった私でしたが、観念してスタジオのドアを開けました。
中に入った瞬間『なんじゃこりゃ!!』
スタジオ内は靄がかかったように煙草の煙で真っ白。
『火事かと思ったけど煙草の煙だ。それにしても臭い。生ゴミ?今までに嗅いだことのない匂いだ』
十畳ほどのフロアに一杯々に机が並んでいる。
床をみて驚愕!!こんなところに!!

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狭い通路の床に死体が!!それもゴロゴロ転がっている!!
『あわわわ』固まっている私に社長が
『この人たち寝てるの。みんな徹夜したんで、仮眠を取ってるんだよ』
『床の上で仮眠・・・・』
社長の机の横に取りあえず座る。
山積みのタバコの吸い殻。一升瓶の山。キャラクター表の山。ゴミくずの山。
いつでも逃げられるように少し腰を浮かせて
『良い子が見ているアニメはこんな不潔で最悪な環境の中で作られているんだ』なんて思っていると。
『随分遠くから来たんだね』
『はい、2時間かかりました』
『う~ん。君、やめた方がいいよ。うちのスタジオ、交通費もないし福利厚生もないし、通うのも大変だし、お薦めできないね』
『えっ?』
私は拍子抜けしてしまった。
『君のために言ってるの』
この一言で、いつでも逃げられるように腰を浮かせていたはずの私の気持ちが逆転した。
               つづくっ!!

MADE IN 足立10

連載物語 MADE IN 足立

鶏小屋の番ネコをしていた末吉。
父はこのネコを褒め称えていた。しかし・・・
実はこの末吉、雛を2羽ほど殺した前科があるのだ。
孵卵器で孵ったひなは、ある程度大きくなるまで室内のゲージに入れて育てる。
庭にいる自分よりデカイ軍鶏のことは『こいつら俺より強い』とちゃんと自覚していたようで興味を示さなかったが、ピヨピヨと愛らしい声で鳴いている雛には野生の本能が押さえられなくなるらしい・・・

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ゲージの外から人間の目を盗んで、何度もネコパンチを食らわしているうちに偶然通りかかった運の悪い雛をガリっと爪で引っかけて死なせてしまったのだ。
2羽とも運良く父の見ていない間の犯行で私はゲージの中から雛を取り出して、家の裏に埋めて知らん顔していた。
あの時のことは今でも鮮明に覚えている。半ベソをかきながら小さな穴を掘っていると横に末吉がいて、ニャーニャー鳴いているのだ。
『お前のせいで死んだんだぞ!!バカ!!』と言うと
『俺の獲物返せ』とばかりにニャーニャー鳴いていた。
父は大ざっぱな性格で卵や雛の数を控えておくような人じゃないので、2羽減っても全く気付かれなかった。
これがばれたら、たぶん末吉の命はなかったと思う。
父は若い頃、ネコでも犬で食べたという伝説を持った男なので、末吉も鍋で煮られて食われてしまったかもしれない。

メリークリスマス!!

子育て&学校

今日がクリスマスのはずですが、なぜか25日ってクリスマス終わってる雰囲気ですよね。
近くのサミットに買い物に行ったら、昨日までクリスマス一色だったのに今日はクリスマスの欠片もなくおせち料理を並べていました。
うちも昨日パーティをして寿司食ってケーキ食ったので、今日は鍋つついてお終いです。
子ども達のプレゼントを買ったため、福引き券が結構たまったのでダイヤ街に福引きをしに行きました。
珍しく福引き所は長蛇の列です。ディズニーランドみたいでしたよ。
ここのガラガラで当たったことはない。いつもスカなのだ。
それでも息子と二人で頑張って順番を待ちました・・・

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私たちの5人くらい前の老夫婦は、何と50回分くらいの券を持っていて50回くらいガラガラを回していました。
その結果当たりは2つ。残りは全部スカでした。
ということは7回分しか券がない私たちが当たるわけがないですよね。
息子が7回まわしてくれました。全部スカでした。キャラメル2つと、クッキーを5つもらって帰りました。
家に帰ると娘が『クッキーだ!ヤッター!!』と大喜びです。昭和の子かよ!!う~ん。こんなプチなことで喜べるとはお金がかからない家族であります。
息子は大好物のガンプラを手に入れて、さっそくパチパチとペンチで部品を切っています。
百式バリュートシステムマスターグレードモデル
ストライクフリーダムガンダム
私には全然意味が分かりません。箱をよく見るとどちらも対象年齢が15才以上じゃないですか。息子は9才、娘でさえ14才なのに・・
本人は何の苦もなく喜んで組み立てているので、まぁいいか。



アニメーターはつらいよ12

アニメ

アニメーションには全く興味のなかった私でしたが、母の
『絵を描いてお金が貰えて、その上絵が上手くなる。一石二鳥じゃないか』
という言葉に思い切り反応した私。
これで絵が上手くなって漫画家になれれば御の字だ。アニメには悪いけど私のサクセスストーリーの踏み台になってもらいましょう。
すでに私の頭の中では、アシスタントを大勢従え、有名漫画家になって活躍している己の姿の妄想ですごいことになつていました。
しかし・・・

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受話器に手を置いて・・・躊躇・・・
『でも、やっぱり怪しいかも』
『面接だけでも受けて見ればいいじゃん。もし怪しい人が出てきたら大声出して逃げてくりゃいいんだよ』
人ごとだと思って母は適当なアドバイスをしてくる。
『そっか!取りあえず行っちゃえ!!』
私は受話器を持ってダイヤルを回した。今は懐かしい黒電話。
受話器の向こうでは、全くやる気のないおじさんが『じゃ面接に来てみてください』と一言。
西武新宿線に乗って下井草に向かいました。
電車から見える景色はローカルで
『どえらい田舎だなぁ』と思っていました。しかし、そこが23区で杉並区というのはスタジオに入ってはじめて知りました。
改札を出てしばらく歩くと小さなオンボロビルがあって、スタジオはそこの2階にありました。
ドアの前に立ち、動けなくなりました。想像通りの怪しさです。
『すごい怪しいよ。帰ろうかな・・でも面接に行きますって言っちゃったし。帰りたいよぉ~はぁ~』
観念してドアをノックすると、中から『はい、どうぞ入って』という声
ドアを開けたらいきなり中は、凄いことになってました・・・
                    つづくっ!!

松山ケンイチ命

子育て&学校

最近何かと娘が『松山ケンイチカッコイイ。松山ケンイチ最高!』とうるさい。
『松山?ケンイチ?松山と言えば愛媛県の松山市。ケンイチと言えばなぎら健壱しか頭に浮かばないよ』と私が言うと
『何それ?サイテー!なぎら健壱ってなによ!!』と怒っていた。
今日もクリスマスのプレゼントを買いに阿佐ヶ谷のダイヤ街に行って来て・・・

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さっそく、デスノートのDVDを買わされました。それと財布がほしいというので新星堂の隣りのファンシーショップに行きました。
娘が欲しい財布というのはOLとかが持っていそうな横長で派手な飾りの付いたデカイ財布。
『こういうのが欲しかったんだ』と私に見せたのはワニ皮風の黒いエナメルのやつ。
『これって銀座のママとかが持っていそうじゃん』
『大人っぽくていいも思うんだけどなぁ』
そういうのが欲しい年頃なのかもしれないけど、私と好みが全く違う子です。
結局、その銀座のママ風のは諦めさせて別の財布を買いました。
家に帰って受験勉強もせずにデスノートのDVDをみながら『ケンイチカッコイイ!!』と騒いでいました。
ケンイチと言われるたびになぎら健壱が頭に浮かんで仕方ありません。
そういえば、病院の薬を飲んで風邪が治ったと安心していたら、すぐ調子が悪くなりまた病院に行き薬をもらって、治った!!と喜んでいたら薬が切れた途端、熱が出てまた調子が悪くなり、今日午前中に病院に行ったら、ガーン・・・祝日なのでお休みでした。
今年の風邪はとってもしつこいので気を付けましょう。

MADE IN 足立⑨

連載物語 MADE IN 足立

中雛くらいの軍鶏は庭で放し飼いしていました。
前にも書きましたが、羽根が黒く足の長いカラスのような感じです。まだ、おとなしくて結構可愛いのである。
しかし、庭で放し飼いをしていれば近所のネコたちが見逃すわけがありません。
何羽かがネコの犠牲になり父の怒りは頂点に達していた。
『今度みつけたら絶対ブッ殺してやる!!』
父は目を血走らせていた。
子どもながらに『この人きっとやるね』と思っていた。

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だいたいネコの縄張り通り道は決まっていて見当がついている。
その夜ものんきにネコは我が家の風呂場の横を通っていた。
父は風呂場に潜み、その時を待っていた。
『来たぞ・・』
と呟くとグツグツと煮えた風呂の湯を窓の外のネコにぶっかけた。
ネコはギャ~!!!と凄まじい鳴き声を上げて逃げて行った。
動物好きな私は『このオッサンなんて奴だ』と呆れた。動物虐待で逮捕されるぞ。
内心私は焦っていた。なぜなら野良猫が父に虐待されたということは私が可愛がっている飼いネコの『末吉』の身にも危険がせまっているということなのだ。
この末吉、庭の軍鶏には目もくれず、いつも庭で軍鶏の餌を狙うネズミやスズメを退治するためにいつも鶏小屋の番をしていた。
『こいつは本当に賢いネコだ』
父は目を細めて喜んでいた。
が・・・しかし、本当のことを父は知らない・・・
                  つづくっ!!

アニメーターはつらいよ 11

アニメ

ー1979年杉並区上井草ー
この頃、創映社から独立した日本サンライズが一階が自転車屋の小さなビルの二階で『機動戦士ガンダム』の制作に奮闘していた。
同じ頃、私は18才になっていた。『りぼん』は卒業していて、セブンティーンが愛読書だった。現在は漫画は載っていませんが、当時は何本か漫画が載っていて全ての漫画家が大好きでした。

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そこへ私も下手な漫画を投稿していました。今思うとよくあんなひどい作品を送っていたなぁと恥ずかしくなります。本当にとっても下手だったんです。
だけど、よほどレベルが低かったらしくて私の作品が審査に残ったりしていました。
コンビニでバイトをしながら漫画を描いていたある日、何となく新聞の求人欄を眺めていると、ある小さな求人欄に目が止まりました。
ースタジオドリーム(仮名)アニメーター募集、未経験者可、電話×××ー××××ー
う~ん・・・・こりゃなんだ?真剣な顔で新聞を見ていると
母『あんたがそんな真剣な顔して新聞呼んでるなんて気持ち悪いねぇ』
私『求人欄見てるんだけど』
母『求人欄?』
私『これなんだけどさ。これしか書いてないんだけど・・・アニメーターって何の仕事?』
母『そんなのお母さんが知るわけないだろ。仕事の説明書いてないの』
私『何もない。これだけ。なんか胡散臭いよね』
母『だけどさ、アニメーターって言うくらいなんだからアニメを描く仕事なんだよ』
私『あれは普通の人は描かないよ。漫画家本人が描くんだよ。色を塗ったりするのかも』
母『だけどこれ、きっと絵を描く仕事だよ。あんた漫画家になるのが夢だったじゃない。絵を描いてお金を貰えて、その上絵の勉強になるなんて一石二鳥じゃないか!』
                   つづくっ!

MADE IN 足立⑧

連載物語 MADE IN 足立

MADEIN足立⑦でも賭け闘鶏は犯罪と書きましたが、家の庭でこっそりやっているうちは良かったのですが(本当はよくありませんが)
この面々そこでやめておけばいいものを、ある日、荒川の土手でやってしまったからさぁ大変・・・・

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怪しいおじさんの集団がゴザの闘鶏場を囲んで怪しいことをしていれば誰かが通報するわけです。
しばらくしてお巡りさんがやってきて大捕物。みんな蜘蛛の子を散らすように逃走。
父も軍鶏を抱えてしっかり逃げ切りました。
『いゃ~危ないとこだったぜ。俺はよぉ、昔っから逃げ足だけは早いんだよ。お巡りなんかに捕まらねぇよ』
と反省するどころか、私たち子どもに自慢をする始末です。
捕まらなくて本当に良かったよ。あれで捕まったらクラスの笑い者、梅島じゅうの笑い者だよ。
父がもしも元気で生きていたら多分今でもやっていたと思います。今も天国・・いや、地獄で閻魔様まで巻き込んで腹巻きに札束突っ込んでやっているかもしれませんね。

アニメーターはつらいよ⑩

アニメ

ー1972年・杉並上井草ー
日本アニメ狂乱の日々が着々と近付きつつある昭和47年。
東京は杉並上井草に電話1本、人員10名の小さなアニメ制作会社がうまれました。
同じ頃、私は小学生で、もう寝ても覚めても何かに取り憑かれたように漫画ばかり書いていました。

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当時、女の子の間では『りぼん派』と『なかよし派』と分かれておりまして、私は『りぼん派』でした。
一条ゆかり先生、陸奥A子先生、弓月光先生などなど大好きで、自分もこの人達のように自分の描きたい漫画が描けたらどんなに素敵だろうと憧れていました。
当時放送していたアニメは『デビルマン』『海のトリトン』『ジャングル大帝』『おばけのQ太郎』でしたね。
学校の授業中もノートか教科書に落書きばかりして、休み時間には友達に『トリトン描いて!』『デビルマン描いて』とせがまれて『難しいなぁ』と言いながらスラスラと描いてみせて『すご~い!上手!』と言われると『たいしたことないよ~』なんて言ってたものです。
頭の中はいつも漫画のことでいっぱい。漫画ばっかり見てると馬鹿になるよ!って言われたけど本当に目も当てられない立派なお馬鹿さんになりました。
アニメーターやってて言うのもなんですが、良い子のみんな!あんまり漫画ばっかり見てると本当におばちゃんみたいなお馬鹿さんになっちゃうから、ほどほどにしようね。

MADE IN 足立⑦

連載物語 MADE IN 足立

軍鶏に何度も脱走されたことはあったけど通行人にけがをさせたことは一度もありませんでした。
駅前のカメラ屋のおじちゃんも『Oさん家の軍鶏の鳴き声が駅まで聞こえるよ!!』って言ってたっけ。
今更なんですけど、当時梅島にお住まいのみなさん、重ね重ね本当にご迷惑おかけしました。ごめんなさい。
ちなみに、この軍鶏で賭け闘鶏をしてはいけません。逮捕されます。
しかし、父は休みになると我が家の庭で闘鶏をやっていました。

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軍鶏を抱えて闘鶏にやって来る面々といえば土建関係の同業者、指のない人、バディに綺麗な絵が描いてある人などなど。
闘鶏のルールは、どちらかの軍鶏が体力を消耗して戦意をくじかれて敵に背中を見せて負けの鳴き声を上げたら負け。
また、軍鶏の持ち主がもうこれ以上無理と判断して自分の軍鶏を引き離したときが負け。引き離さずに放っておくと、どちらかが死ぬまで闘うことをやめません。
試合がはじまるとおっちゃんたちの凄まじいかけ声が飛び交います。
アナウンサー「ござで作った闘鶏場の中では二羽のシャモが闘志むき出しで血まみれになって闘っています。凶器か?蹴爪に刃物をつけているのか!すごい出血だぁ!ここは後楽園ホールかぁ!庭は興奮の坩堝とかっしております!おっちゃんたちが札束を握りしめて賭けています!」
注意*事項ですが犯罪です。
小学生の私は二階の窓からその様子を眺めて『スゲー!』と関心していたものです。

ガンプラ作りは一芸なのか

子育て&学校

息子がお世話になっている学童クラブのお楽しみ会がありました。
忘年会プラスクリスマス会ですね。
一部は子ども達が一輪車やダンスや合奏など一芸を披露して2部はお昼を頂いて歓談という感じです。
その1部で息子がやったのが、な、何とみんなの前でガンプラを作るというものでして・・・

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仲良しのガンプラ好きのM君とK君と3人で決めたらしいのです。
『そんなのみんなの前で作っても見せられる人は困るでしょ。別なことをやりなさい』というと
『大丈夫、大丈夫。クイズとかも出すし』
と、結局リハーサルや練習もしないで当日になりました。
一輪車でダンス。コマ回し。クリスマスの合奏。みんな拍手喝采。こういうのを一芸というのだよ。
息子たちの順番が来ました。
あちゃ~・・本当にガンプラを作りはじめちゃったよ。130人以上いる子どもも大人も『・・・・・』
私は心の中で『みなさん見苦しいものを見せてごめんなさい。ごめんなさい』と謝り倒していました。
ガンプラなんか家で作ればいいだろ!こんなところでやるなっつうの!

MADE IN 足立⑥

連載物語 MADE IN 足立

軍鶏は基本的に木のしっかりした小屋にいれてあるのだけど、たまに庭に大きな籠をかぶせただけで放置していたりする。
何かの拍子に興奮して暴れて籠を吹っ飛ばして逃げ出してしまう時は、もう大騒ぎなのである。
また、よりによって父のいない時に限って軍鶏が脱走するのだ。

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道路に出たりしたら通行人にケガをさせてしまうので大パニック。
姉も妹もシャモなんて大嫌いなので、捕まえられるのは私と母だけ。
私だってさすがに軍鶏は怖い。目を潰されないように指を食いちぎられないように、後ろ向きの状態で脇に抱えるように捕まえる。汗だくになって道路に飛びだした容疑者を確保。
いくら足立区と言っても一応東京の住宅街。そりゃ道行く人もびっくりしますよ。
当時、梅島駅から家の前を通ってペトリカメラの工場にお勤めに向かっていたみなさんも驚いたと思います。
ちなみに、ペトリカメラはカメラ業界の草分け的存在でしたが、昭和52年に倒産しました。
そうそう、このペトリカメラの従業員のみなさんには、家て飼っていた犬も可愛がってもらいました。私が拾ってきた雑種の犬を玄関に繋いでおいたら『あんまり可愛いから譲って下さい』と言われて譲ったことがある。
毛の色が栗饅頭に似ていたので『栗まん』という名前をつけていた。栗まんはあの後可愛がってもらえたのかな・・・

慌ただしい毎日です

未分類

シナリオを書き上げなくちゃいけないし、大掃除のことも気になるし、どちらか片方に集中すると片方が気になるのでバランスをとるために午前と夜はシナリオを書いて午後は大掃除をしています。
そんな私の横で娘は受験の面接練習をしています。
『なんで日本人てこんなにおじぎばっかりするの?何回おじぎすると思う?』
『しょうがないでしょ。日本人なんだから』
『日本人だけ?』
『たぶん』
こんな会話です。

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ところで2足のブーツのかかとが駄目になってしまいました。1足は買ってすぐにかかとを引っかけてしまい取れてしまいました。もう1足は履き込んでかかとが駄目になりもう何年もしまい込んでいました。
修繕費があんまり高いなら安い新しいブーツを買った方がいいかもしれないと思い一応料金を調べに行きました。そしたたらサイズによって違うみたいで、1足1000円くらいから修理してくれるみたいでした。
そこで今日、さっそく修理屋さんにブーツのかかとの修理に出しました。おじさんが
『200円まけてあげるから』
と言って1足1000円の修理を800円にしてくれたので2足で1600円で済みました。ラッキーでした。
明日の夕方には仕上がっているんですって。こんなに早く安く済むなら早く頼めばよかったです。
先日作ったゆずジャムがなかなか減らなくて傷んだら困るので、賞味期限のやばい小麦粉でパウンドケーキを作ることにしました。
生まれてはじめて作りました。美味しくなかったらショックだと心配したけど、ほんのりゆずジャムの味がしてとても美味しかったです。

MADE IN 足立⑤

連載物語 MADE IN 足立

私が小学校に入った頃からか、父は軍鶏を飼うようになっていた。
軍鶏と言うのは喧嘩鶏とも言われ、鶏同士を闘わせ競い合う闘鶏のために作り出された鶏のこと。
羽根色は赤と黒が混じる赤笹があり光沢がある。肉体はほとんどが筋肉で覆われているために胸などには羽毛が生えず筋肉がむき出しになっている。

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攻撃的な性格なので、飼い主でも気を付けないと目玉をえぐられてしまうし、指も食いちぎられてしまう恐ろしい鶏なのだ。
小学生や幼児のいる家にはそぐわないペットなのだが、多いときは雛から親まで4・50羽の軍鶏を飼っていた。
競馬と一緒で優秀なサラブレットを残すために強い優れた軍鶏を交配させるのだ。
父は凝り性だったのでわざわざ孵卵器を買って、交配させた卵を孵卵器に入れて自宅で雛を孵していた。
私は生き物は何でも無条件に大好きだったので、毎日飽きずに孵卵器をのぞき込んで雛が孵化するのを心待ちしていた。
幼雛の時は鶏の雛より少しだけ大きく首も微妙に長い。でもヒヨコと同じでとにかく愛らしい。
少し成長して30㎝くらいの中雛になると羽根は黒、首が長い貧相なカラスのような感じ。
この中雛くらいの時は、まだ凶暴ではないので、庭に普通に放し飼いしていた。成鳥の軍鶏は危険なので絶対放し飼いなどしない。できない。


アニメーターはつらいよ⑨

アニメ

東映のTVシリーズで『愛してナイト』という作品があった。
確か少女漫画で連載していた作品だったと思う。
少女漫画のアニメ化はキャラを似せるのが難しくて、苦労することが多い。
ゆえにこの作品もキャラが似なくて問題になって・・・

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外注の作画監督のFさんが、なかなか似せられませんでした。
というよりもFさんには自分流の絵を描く癖があって、正直言うと何の作品を描いても顔が皆同じになってしまうのだった。
スタッフも『これって顔が全然違うよね』と気にはなっていたのです。
スタッフみんなとFさんとラッシュを見に東映動画に行きました。ラッシュが終わると、東映動画の関係者の渋い顔が・・・。
これはとてもマズイ状況ではないかとドキドキしていたら、Fさんだけが呼び出されました。しばらくして戻ってくると、頭をかきながら『クビになっちゃった』ですって。ご愁傷様。
私がアニメーターになる前、『はいからさんが通る』というアニメが流行っていて、これがまた1話ごとに主人公の顔がバラバラでした。当時アニメの制作過程を知らなかった私は、何で一人の人が描いているのに毎回顔がこんなに違うんだろうと、すごく不思議に思っていたものだ。
また、統一しやすい顔としにくい顔があって、うる星やつらのラムちゃんはそんなにバラつきがありませんでしたね。

MADE IN 足立④

連載物語 MADE IN 足立

二間と土間しかないこの家には風呂がなく、昭和荘の頃から世話になっていた銭湯『宝湯』さんに通っていた。(この宝湯さんは最近店を閉じました)
この銭湯に、まだ1才くらいの私と姉を連れて父が男湯に入っていた時の話。
父と私たちがのんびりと湯船につかっていると、父の目の前に茶色の固形物がプカ~。
それはお約束の私のウ○コ・・・隣には口元までお湯につかったハゲ親父がいて・・・・

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父は慌ててそいつを桶の中に入れて、周りに気付かれないように手でガシャガシャやって崩して流したそうです。
それ以来大人になった今でも、銭湯の話題になると、
『まゆみが銭湯でウ○コしてお父さん大変だったんだから』
と、まるで学校でウ○コをもらした子が、『ウ○コマン』とあだ名を付けられるのと同じような扱いを受けている。一度だけの過ちじゃないのぉ見逃してくれよぉ~!
『たけしくん、ハイ!』の中でも『銭湯でウ○コしちゃうやつがいてさぁ』という行があるが、その犯人は私です。
当時、解体屋をやっていた父は、解体した家の使えるところを持ち帰り自宅の台所を増築。風呂も増築。あげくは二階まで増築してしまった。
リサイクルしたサッシやドアや階段はバラバラのパーツのため、あちこち隙間ができたり、逆に無理矢理つけて開かなかったり、実に使い勝手の悪い家だった。
結局、二階を完成させる前に父は作業が面倒臭くなりやめてしまった。そんなわけで二階の壁に謎のドアが残ってしまった。無茶苦茶な素人建築だったけど、おかげで寒い冬も銭湯に通わなくて済むようになった。
                        つづくっ!!

鬼の霍乱

未分類

風邪をひきました。鼻水がとまりません。
一昨日は雨の中、息子の長縄大会の参加のために大雨の中歩いたりして余計に悪くなったみたい。
30分のシナリオを今月中に書いてほしいという以来が来たのに、頭がキチンと回らない・・・
早く治そう・・・

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なんでこんな時に病気になるの?ってことあるよね。
何年か前の大晦日。スキーに行った先の貸別荘でのこと。紅白歌合戦がやってるころトイレに入りました。
用を足して便器を見て凍り付きました。便器の中が真っ赤になっていたのです。血尿でした。
山の中だし病院に行くにしても何処に行っていいか分からず、仕方ないので予定をこなして東京に帰ってから病院に行きました。
理由は過労でした。年末、超ハードな山積みの仕事と大掃除や家の事をこなしたツケが身体に出たみたいです。
それに娘が4才くらいの時、やっぱり大晦日の貸別荘で娘が急に熱を出して吐きはじめ大慌て。
手持ちの薬を飲ませて一晩寝ずに頭を冷やしました。翌日東京に帰り病院に連れていったら、なんと『おたふく』になっていました。
『顔が腫れているの気が付きませんでしたか?』と言われましたが、娘は元々顔が丸くてパンパンなので全く気付きませんでした。
去年は大晦日にモルモットのコブちゃんが死んでしまうし、どうも我が家は大晦日に事件が起きるようです。

MADE IN 足立③

連載物語 MADE IN 足立

駅から徒歩3分の一戸建てがべらぼうに安いとなれば、普通何か事情があるぞ、胡散臭いと思いますよね。
やっぱりあったんです安い理由が、これがいろんな意味で本当にあった怖い話なのです・・・

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元々この家は父の土建仲間のAさんが住んでいました。そのAさんは結核を患っていて、病気を苦にしてこの家で首吊り自殺をしてしまったのです。
その後、母親である大家さんも亡くなり、Aさんのお姉さが家の持ち主になりました。
このお姉さんのご主人が浮気をして、よそに子どもをつくったことが発覚してしまった。怒ったお姉さんは浮気夫に三行半を突き付けることを決意しました。
しかし、慰謝料を払うためには現金が必要なわけで、知り合いだった父に『格安にするから家を買ってくれないか』という話になったらしい。
この世に怖い物などない父だ。曰く付きの家というのを知っても何の迷いもなく喜んでこの家を手に入れたわけである。
姉や妹たちは学校で『お前ん家オバケ出るだろう』と男子にからかわれたりしたらしい。
まぁ実際15年近く住んでいたけど、幽霊が出たり、勝手に家具が動いたり、食器が飛んだりすることは一度もなかったので、気にしなければ何も問題ないということですね。
                つづくっ!

MADE IN 足立②

連載物語 MADE IN 足立

たけしさんもお父上菊次郎さんの思い出を作品に残しているが、我が家の父も菊次郎さんに負けないくらい盛りだくさんのエピソードを残してくれた。
菊次郎さんが足立区の村田英雄なら、父は足立区の勝新太郎というところだろう。

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菊次郎さんと違うのは、父の思いではどれも犯罪スレスレで『事件を起こす前によくぞ亡くなってくれた!!』
という感じで残された家族は寂しい反面ホッとしたというのが正直なところだった。
母に言わせると
『菊次郎さんはとてもいい人だよ。酒癖が悪いだけなんだから。うちのお父さんはひどいよ。酒と女と博打なんだから』
こうなるといい人の基準が分からなくなるが、とにかく当時この梅島には少なくとも二人のリーサルウェポンがいたと言えるのは確かだろう。
今で言う『キレる』はクールなイメージだけど、父は怒りだしたら止まらない暴走機関車という感じで、鼻から頭から煙りがボー!!と噴射するのが見えるような有様でした。 
                         つづくっ!!

MADE IN 足立①

連載物語 MADE IN 足立

足立区梅島の駅から千住方向に向かって、線路沿いに徒歩3分。
私はここで育った。
足立区梅島と言われてもピンとこないですよね。あの有名な『世界の北野』そうです、北野武監督が少年時代を過ごした町なんです。

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『たけしくんハイ!』と言えば知ってる人も多いですね。
我が家の前は昭和40年までは東武線が高架になっていなかったので、それはそれは見晴らしがよく空が広かった。
私が生まれた頃、たけしさんは14才だから、うちの近所の足立四中に通っていた頃だと思う。
駅から徒歩3分という便利な一戸建てに引っ越して来たのは、私が幼稚園に入る頃だった。
そこに住む前は、同じ梅島の昭和荘というボロいアパートに父と母と姉と妹と5人で暮らしていた。私はそこで生まれた。
アパートでの生活はほとんど覚えていないけど、引っ越した後の事は良く覚えている。
『べらぼうに安く家が買えたぞ!!』
『駅から歩いて3分くらいだよ。こんないいとこなのにねぇ』
父と母が小躍りして喜んでいた。
卵も大根も醤油も家も安いと言うのは、きっといいことなのだと子どもながらに私も喜んでいた記憶がある。
しかし、実はその家には『きな臭い事情』があったのだ・・・。
                         つづくっ!!

援農ボランティア養成講座閉講式

農業&ガーデニング

東京都農林水産振興財団で援農ボランテイア養成講座閉講式がありました。
私は野菜コースの認定証を頂くことができました。
6月に開講式があって、講義を受けて汗まみれの実習があり、やや半年間でしたがいい経験でした。

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現在私が必死に売り込んでいる農業をテーマした映画のシナリオを農林水産振興財団の偉い人に読んでもらおうと思って、前回の講義の時はシナリオを持参していたのですが、やっぱりそんな雰囲気じゃなくて渡しそこねました。
今回もたぶん偉いと思われる課長さんに話を聞いてもらおうと思いましたが、場の空気が全くそういう雰囲気じゃなくて言えませんでした。
交付式と研究センターの見学が終わったので実習で仲良しになったYおばあちゃんとHさんと西立川の駅まで歩いて帰ることにしました。
『あの農業振興課長さんに話たかったけど、なんだかそんな空気じゃなくて言えませんでした』と私が落ち込んでYおばぁちゃんに言うと
『私の妹の旦那が財団の理事長なのよ。何の役にも立てないかもしれないけど会うことがあったら話てみるわ』
と言ってもらえました。
世の中わからないものですよね。とにかく今の私は映画の企画が採用されるためならどんなに些細なことでも食いついていきたいと思っています。

硫黄島からの手紙

未分類

いま話題になっている映画ですね。
実は私のお祖父ちゃんは昭和20年3月17日硫黄島で戦死しました。
田舎の仏間には若いままのお祖父ちゃんの写真が私たちの成長を見守ってきてくれました。
小さい頃、母に『この人誰?』と聞くと『お母さんのお父さん。五郎さんだよ』と教えられました。
写真が若いので『お祖父ちゃん』と言ったら可哀想と思い、姉妹たちも小さい頃から現在まで『五郎さん』と呼んでいます。

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お墓の中には戦死の通知が入っているだけで骨はありません。
お盆にお墓参りに行くと
『この中には骨はないの・・紙っきれが入ってるだけ・・』
と寂しそうに婆ちゃんが言います。
婆ちゃんは五郎さんが帰って来ると信じていたのか分かりませんが、
90になる現在までずっと一人で家を守っています。
弟は『五郎さんは小野田さんみたいにきっとどこかで生きてるんだよ』と馬鹿なことを言ってますが、硫黄島のどこでどんな風に亡くなったのかも全く分からないし報告もないわけで、そういう遺族の人は『もしかしたらどこかで生きているかもしれない』と悲しい期待をしてしまうかもしれません。
戦争は悲しいですね、娘や息子の成長を見ることも出来ず、孫を抱くことも出来なかったんですから。
五郎さん仏壇の上で見てるのかな?
『五郎さん、私の方が年上になっちゃいましたよ』

父の夢を見ました

連載物語 MADE IN 足立

12月2日が父の命日でした。もう21年もたってしまいました。
その時父は48才。
記憶力の無い私でもその日のことは、はっきりくっきり覚えています。
な、なんと父は愛人宅で亡くなったのです!!
そりゃもう大騒ぎで喜劇を見ているような有様でした。
その詳しいお話は『MADE IN 足立』という本になり損ねた私の短編小説に書いてあります。『MADE IN 足立』はブログの中でぼちぼち書き込んで行こうかと思っていますので乞うご期待!!

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両親は別居していたので父とは年に2・3度しか会うことがありませんでした。そんなせいか、今でも死んだという実感がありません。
その父が命日の日に夢に出てきました。亡くなる間際の頃の弱っていた父の姿で。
夢の中で『お父さん生きてるじゃん』と私は思い込んでいて、弱っている父を見てなんだかひどく哀れな気がして『お父さん、身体に気を付けてちゃんとご飯食べてね』と優しい声をかけていました。
目が覚めて『そうだお父さん死んてたわ』と我に返りました。
ふと気が付くと、私も父が亡くなった年齢に近付いています。自分で言うのも変だけど、まだまだ若いと思います。こんなに早く死んだのかと改めて感じました。
父も本が好きで書く仕事をしたかったというのをチラっと聞いたことがありました。父には親孝行何て全くしませんでしたから、私が物書きになることで父の夢を叶えてあげて親孝行にしたいと思うこの頃です。

ゆずのジャムを作りました

未分類

千葉の縁農の時に頂いた『ゆず』
今まで人からゆずを頂くと、取りあえずお風呂に入れてました。
バスの中で一人のおばちゃんが
『ゆずってどうやって使ってる?』
と物知りのおばちゃんに聞いたら・・・

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物知りのおばちゃんが
『まず皮は冷凍しておくのよ。刻んで小分けしておいてもいいけどね』
ふむふむ。
『果汁はポンズ用に使ってもいいし』
ふむふむ。
『残りは煮てジャムにするのよ』
『でもさ、果肉がたくさんあるわけじゃないし、ジャムになるの?』
『大丈夫。ふくろごと煮るのよ。夏みかんみたいに苦みがあるわけじゃないから大丈夫。煮詰めたらなくなっちゃうのよ。砂糖入れて、煮詰めて水分が足りないようなら水を少し入れてもいいしね』
ひたすら関心して聞いていた私。他のおばちゃん達も『家に帰ってさっそくやってみる』と言ってました。
実際、皮を取って、種を取るとあまり果肉が残らなくて、正直言ってほとんどふくろばかり。気になったけど言われた通りそのまま煮詰めてみました。
そしたら、あら不思議あっと言う間にふくろは溶けてなくなってしまいました。砂糖とはちみつを入れてしばらく煮詰めると本当にゆずのジャムになりました。ちょっと酸っぱいけどなかなかいいお味です。

カブトムシの幼虫

動物&昆虫

カブトムシの幼虫の入っている容器の中の腐葉土が少なくなってきたので、新しい土を足してあげることにしました。
この前見た時は、まだ小指の先ほどしかなかった幼虫。
『この幼虫が絶対カブトムシであるとは言い切れない』と疑っていた息子と私でした・・・

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固まっている土をほぐすために容器の土を一度全部だしました。
『幼虫どこに行ったかな・・・』
丁寧に土をほぐしていくと、中から親指くらいの大きさに育った幼虫が現れました。
『うぉ~!!すごい!!こんなに大きくなった!』
息子は大感激。
『これだけ大きいなら完璧にカブトムシだね』
『さすがにカナブンの幼虫じゃないよ』
幼虫を買って来て育てたことはあるけど、卵から孵したのははじめての体験です。
虫は平気な私もカブトムシの幼虫は大きいしグロいので触れなかったけど、うちで生まれた子は別。不思議に全然気持ち悪くなくて、手のひらに乗せて見ると、自分で産んだ子のように可愛いです。
2匹のカブトムシが来年しっかり成虫になってくれると嬉しいですね。

ボージョボーを買ってもらいました

子育て&学校

『お母さんの誕生日プレゼントを買ってあげる』と4年生の息子に言われていました。
このところ忙しくてやっと今日時間が出来たので、二人でぶらりと阿佐ヶ谷に行ってみることにしました。
息子は貯めたお小遣いを金庫から出して財布に入れながら
『二千円以内のものなら何でも買ってあげるよ』と言ってくれました。

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中高生の女の子が大勢来ているファンシーグッズの店に行ってみると、ディズニーグッズなどたくさんあります。
『お母さんどれが欲しい?』と聞かれても
『ディズニーグッズは興味ないしなぁ。お母さんが欲しい物この店にはないみたい』と答えて店を出ようと思ったら、学生がカバンにぶら下げている紐でグルグル巻きになってる人形が目に入りました。
私が知っているこの人形は、色が2色くらいなシンプルなものだけど、この店に置いてあるのはデザインが様々でなかなか面白い。
フック船長やサムライや鬼や悪魔などなど。値段も700円くらいで息子のお小遣いで買えそうな値段。
ホリデーナイトメェアーの人形を買ってもらうことにした。
『僕も買って行こう』と言って息子は赤鬼の人形を買いました。
ちなみにこの人形はタイ生まれの身代わり人形で、ボージョボー、ボイポン、ブドゥー、マプーとか色々な呼ばれ方をしているそうです。
とっても嬉しいです。さっそくカバンに付けました。