Archives ( 2007-03 )

自動人形からくり箱

文化&芸術&芸能

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今日は息子と二人で、世田谷文学館に行ってきました。
ムットーニさんの自動人形からくり箱を見てきました。
『誰でもピカソ』と言う番組を見たことのある人ならムットーニさんを知っていると思いますが。
以前から興味があったので、楽しみにして井の頭線京王線を乗り継いで
行って来ました。
車窓から見える景色は桜が満開でしたよ。
世田谷文学館は、建物は近代的なのに立派な日本庭園に鯉が泳いでいて『ザ・世田谷』という感じでした。
ムットーニと言うのは画家の武藤政彦の別名だそうで、80年代半ばに油絵から造形作家に表現を移行させたそうです。
からくり箱は、光や音とともに人形たちが数分間の物語が繰り広げるというもので、その美しさに圧倒されました。
4月8日までやっているので是非一度ご覧になって下さい。

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ムットーニさんのような自分の世界と才能のある人を尊敬するし、羨ましいです。
私は、あまり物に執着がないので、ブランド品や大きなダイヤモンドや立派な家を持ってる人を見て羨ましいと思ったことはありません。
でも、才能だけは別ですね。絵の世界でも造形でも映像でも、優れた才能を持っている人を見ると、分けられることができるなら本気で才能を分けてもらいたいと思っちゃいます。
ムットーニさんのすごいところは造形だけでなく、朗読も効果音もトランペットもキーボードもご自分でやってしまうということ。どうしてそんなに何でもできてしまうのでしょう。ずるいよぉ~。
息子は荻原朔太郎『猫町』が気に入ったと言ってのしたが、私はカンターデドミノが素晴らしくて泣きそうになりました。
たった数分の箱の中の物語なのに、1本の映画を観たような気分になりました。

ありがとう、やる気マンマン

子育て&学校

援農ボランティアでお世話になった木下さんに頂いたブロッコリーに花が咲いてしまいました。
実がなったら3人で食べようと子どもと楽しみにしていましたが、花が咲いたらなんだか可哀想で食べられなくなってしまいました。
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今日は二つの最後の日でした。
息子がお世話になっていた学童クラブが最後の日でした。(学童クラブは4年生までしか預かってもらえないのです)
姉も以前お世話になっていたので、通算8年間お世話になりました。
学童クラブの下にある保育園も1歳から通っていたので、13年間送り迎えをして来ました。
もう送り迎えをしないと思うと、楽になる反面、少し寂しいですね。
そして今日は、文化放送で放送している『やる気マンマン』の最終回でした。
20周年ということですが、私は最初から聞いていたので20年間聞き続けていたことになります。
20年間の間に何度もハガキを採用してもらい、突然アパートに来られたこともありました。

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下請けスタジオにいた頃は、まだ10代で『AMなんて年寄りが聞くものだ』と思っていて、FMしか聞いていませんでした。
制作会社でも若い絵描きが多かったのでFMを聞いていました。
でも、一人だけおばちゃんアニメーターが携帯ラジオにイヤホンをつけてAMを聞いていました。
『AMラジオは面白いのよ』と言われたけど、やっぱり敬遠していました。
制作会社をやめて、フリーになって自宅で仕事をはじめた頃に、『やる気マンマン』の放送がはじまりました。
吉田照美のラジオなら面白いかもしれないと期待して聞きはじめて、以後、絵を描くお供に20年聞き続けました。
この番組のおかげでAMの面白さを知って、『ラジオビバリーヒルズ』『コサキン』『ゆうゆうワイド』を聞くようになりました。
放送の最後には、やっぱり涙が出てきました。シナリオで食べていけるようになったらアニメは引退するから、やる気マンマンは聞けなくなるな・・。と思っていたのに。
結局シナリオで食えず、相変わらずの作画生活で、私のアニメ引退より先に放送の方が終わってしまいました。
私も早くシナリオで食えるようになって、AM生活から引退したいと、しみじみ思いました。
やる気マンマンありがとう!!

MADE IN 足立35

連載物語 MADE IN 足立

夕食後、ドリフターズを見ながらゲラゲラ笑っていると、玄関の引き戸が開く音が
父『おい、おっかぁ!!』
酔った父が帰ってきたのだ。ベロベロに酔っぱらっている。
父『今、飲み屋のところで喧嘩してぶん殴ってきた。死んでるかもしれないから見て来い!!』
まさか殴った相手は菊次郎さんじゃないだろうねぇ・・。
母は呆れて父に言った。
母『どんな人なの?』
父『祐子だよ。あの女しつこいんだ。俺が帰るって言ったら、家まで着いていくなんて言いやがって』
母の顔色がみるみる変わった。
嵐の予感がした↓
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祐子というのは、近所の飲み屋の女将で、父の愛人だったらしい。
母『祐子だってぇ?死んでなかったら私か゜ブッ殺してやる!!』
母は鼻息も荒くサンダルを履いて表に出て行った。
父は酔いながらも、まずい状況だと感じたらしく。
父『まて!!やっぱり行くな!お前は行くな!』
と母を止めた。
しばらくして、息を切らした母が戻って来ると、父はいびきをかいて大の字になって寝ていた。
私『死んでた?』
母『死んでなかった。もういなかった。だから生きてると思う・・・悔しい!!』
母は、地団駄を踏んでいた。

この話を書くために母にその時のことを確認したら、
母『あの女、すごいブスでデブでさ。あんな女と付き合ってたってのも腹が立つんだよ。それにあの女、お父ちゃんの子を産んでるんだ。男の子を産んでるんだよ。私が男の子を産めないからって、他の女に生ませるなんて、悔しい!!』
私『それで認知したの?』
母『そんなのいちいち認知なんかしているわけないだろ。何人いるか分からないんだから、全部認知してたら大変な騒ぎだよ』
見知らぬ姉弟がまた増えました。

まゆみ!!アピオス実験栽培やります!!

農業&ガーデニング

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アピオスという野菜を知ってますか?
別名ホドイモ。植物学上の分類ではマメ科ホドイモ属というものです。
杉並区では、このアピオスを
『アメリカ生まれの杉並育ち』
というキャッチフレーズをつけて、杉並区の特産品にする取り組みをしています。
その実験栽培の協力のお誘いが援農ボランティアにありました。
私は、てっきりボランティアでお手伝いをするものと思って、簡単な気持ちで参加希望をしました。
昨日、JA東京中央杉並グリーンセンターで打ち合わせがあって、出席したところ、驚くべき事実が!!↓

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区内にある区民農園は12ケ所あって、その農園を使って2年間アピオスの栽培の実験をして、栽培経過、収穫結果を報告書として提出するというところまでは、よかったのです。
ところが、どうも協力者が想定外に少なくて9名しかおらず、当初『1区画を2.3人で』と考えていたものが、1区画一人で農園を任されることになってしまったようなのです。
私はボランティアや農業体験はしてきましたが、自分の農園を持ったことなどないし、一人で耕すなんて全く考えていなかったのであせりました。
それに一番近くにある成田西の農園は開墾からやらなくてはならにいということで、できれば浜田山の農園にして下さいと言われてしまった。
兎に角やるしかないと思って、腹を決めていたら、もう一人のオバサンが浜田山を希望しました。農業科の方が
『じゃ、お二人で下高井戸と浜田山の2ケ所の農園を担当してみたらどうですか』
と言い出した。
『1ケ所でも不安なのに2ケ所もできません』
と断ると、オバサンが
『大丈夫よ、できるできる』
と安請け合いをしてしまい、結局2ケ所の農園の栽培を担当することになってしまいました。
前途多難です。誰か助けてくださ~い!!

アニメーターはつらいよ37

アニメ

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アニメのスタジオはアニメーターの入れ替わりが激しく、長く一所にいる人は珍しい。
私はというと、新しいスタジオに移るのも面倒なので、ズルズルと制作会社で動画と動画チェックをしたりしていた。
アニメの専門学校から新しい人が入ってくると、動画チェックの私が一応指導していたけど、特別な手当を貰っていたわけではないし、専門学校を出た子は頭でっかちで教えるのに苦労した。
私『ここはさぁ、動画ではこういうふうな描き方をしないから、こうしてくれる?』
とアドバイスすると
新人『えぇ~!学校では先生はこうやれって言ってました』
私『先生はそう言ったかもしれないけど、現場のやり方に従ってもらわないと』
新人『でも、学校では・・』

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『学校、学校って、ここは学校じゃねぇんだよ。お前いつまで生徒のつもりなんだよ。ここは仕事する現場だろうが』
と私もだんだんムカついて口調が怖くなったりした。
その上、棚に肘をついて頬杖なんて態度で話を聞いている時には、怒りが爆発していた。
『ちょっとアンタねぇ、それ、人にものを聞く時の態度じゃないでしょうが!!』
怖い動画チェックだったと思います。
でも、アニメ好きの人は微動だにしないポリシー持ってますからね、どんなに怒られても、全然へこんだりしていませんでしたよ。
『私の知ってるアニメはこう』と決め込んでいましたね。
彼らが今どうしているのか分かりませんが、元気で絵を描いているのでしょうか。
この制作会社に入って7年目、外注の監督さんに言われた一言で、私の人生は変わることになる。





落ちこぼれなので・・・

子育て&学校

マイコレクション
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今日は、娘の高校の招集日だったので、一緒に学校に行ってきました。
講堂で50分くらい話を聞かされたのですが、案の定ものの10分もしないうちに眠気が襲ってきました。
説明会やら何やらで、今まで何度も出席しましたが、自慢じゃありませんが、寝なかったことがありません。
『お母さん、今日は寝ないでよ』
と今日も娘に釘を刺されていたけど、やっぱり眠気には勝てない。
気がつくと、ウトウトしていました。ウトウトするたびに娘にどつかれたり『起きろ!!』と耳元で言われたりしてました。

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子ども達には申し訳ないけど、本当にダメ親で反省はしています。
勉強で分からないことを聞かれてもチンプンカンプンだし、ポカすることが多いし。
でもまぁ、親がしっかりしてないと子どもがしっかりすると言いますしね、自立できる人間になるためには、逆に良い効果になるかもしれません。
学校の窓の外の景色は東京ドームとビル群でカッコイイです。こんな学校に通える娘を羨ましく思います。
今日は、購買で体操着や工具を受け取ることになっていて、ある程度重いというのは覚悟していましたが、想像以上の荷物の量でした。
教科書だけでも重いのに、工具箱に鉄のかたまりみたいのが入っていたり、製図セットにが画用具セットから、多分20㎏くらいの荷物になったと思います。
娘と悲鳴を上げながら総武線に乗って帰ってきました。
取りあえず、この学校でしっかり美術の基礎を勉強して貰って、将来どうなるか分かりませんが、もしも美術関係に行くにしても、私のような中途半端な絵描きにはなってほしくないと思います。


キョロちゃんが来た日

アニメ

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この写真は我が家にキョロちゃんが来た時の写真です。
『クリスマスにキョロちゃんがプレゼントを持って来る』と言う森永の企画に応募して当たったのです。
テレビ東京で放送していたアニメの『キョロちゃん』の作画を結構ながい期間ずっとやっていたので、なんだか他人のような気がしなくて、子ども以上に喜んでいました。
子ども達と今か今かと待っていましたが、待ちきれずに息子と二人で二階の窓の隙間から外を見ていました。
すると、一台の車が停まって中から男の人が3人出てきます。
私『あの人たちが怪しい』
息子『でもキョロちゃんいないよ』
車の後ろのドアを開けると、おじさんがキョロちゃんの着ぐるみを引っぱり出しています。
私『えっ?道路だよ。どこで着替えるのかな?』↓

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と思ったら、3人の中の、よりによって一番歳をとっていそうな白髪混じりのおじさんが、道路ので着替えをはじめました。
白いタイツ姿になってキョロちゃんの着ぐるみを着ていました。
私と息子は何も見なかったということにして、下に降りて行きました。
すると、若いお兄さんが
『メリークリスマス!!キョロちゃんが来ましたよ~!!』
と玄関にやってきました。
家の中には入らずに表で一緒に写真をとったり、プレゼントをもらったりしました。
これもお仕事なんですよね、おじさんご苦労様です。
用が済んだら『次のお友達のところに行かなくちゃいけないから』と言って去って行きました。
また、二階の窓からこっそり見てみたら、着ぐるみを脱いだおじさんが、しんどそうにため息をついていました。ありがとうキョロちゃん。そしておじさん。白いタイツが眩しかったです。

アニメーターはつらいよ36ーTさんの呪いの巻ー

アニメ

ー青梅のふきのとうー
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ありがちなことですが、作画のはじめの時期は、当然時間に余裕があるために、やたらと力を入れすぎて原画や動画に厳しく、ダメだしリテークの嵐になります。しかし、おしりは決まっているわけで、どんどん時間に余裕がなくなって、終いには『内容なんか何でもいいから、とにかく上げろ!!』になって、作画がお粗末なものになってしまうわけです。
毎度のことなんだから、スケジュールをよく考えればいいと思うのですが、この流れはずっと変わりませんね。
演出のMさんも、スケジュールの流れをあまり考えていなくて、作品の入り立ての時に、やたらと力を入れ過ぎて、後半に時間がなくなり最後は『僕はしらないよ~』と逆ギレしていた。
原画のTさんは、Mさんに『全部書き直し』とダメだしされては、自分の作画机に戻ってがっくりしていた。
動画用紙に『M死ねM死ねM死ねM死ね』と書きまくっているのを幾度となく見ていた私は笑っていた。
ところが笑ってすまされないシャレにならない事件が起きた↓

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Tさん『気分でOKだったり、リテークだったりして本当に腹立つ』
私『仕方ないですよ。気分屋なんだから』
Tさん『俺、マジ呪うよ』
私『どうやって?』
Tさん『M死ねM死ねM死ねM死ねMしね』
Tさんは呪文のように唱えていた。

私とTさんや他のアニメーターとお昼を食べてスタジオに戻ってくるとスタジオ内がすごい騒ぎになっていました。
私『またNさんが行方不明になったんじゃないですか』
制作『お~みんな帰って来たか、大変なことになってるんだ。Mさんが救急車で運ばれた』
一同『えぇ~!!!』
私『どうしてですか?』
制作『慌てて電車に乗ろうとしたら転んで、右足複雑骨折だって』
みんな一斉にTさんを見た。
私『これはTさんの呪いですよ』
Tさん『俺のせい?』
この事故でMさんは完治するまで1年くらいかかりました。
やっぱり人に恨まれるようなことをしてはいけないなぁと実感した出来事でした。
動画用紙に書いた『M死ねM死ね』でしたが、実はあれはデスノートの切れ端だったりして。

MADE IN 足立34

連載物語 MADE IN 足立

姓名判断の男の巻
『ご免下さい』
スーツ姿の小綺麗な男が、玄関に立っていた。
前回は父がいなくて、母が欲しくもないゴム紐を買わされたが、今回は父がいたので父が応対に出て来た。
父『どちらさん?』
男『私は姓名判断をしておりますが、こちらのお宅の表札を拝見しましたところ、よくありませんねぇ(深刻そうに)』
父『何が、よくねぇんだよ』
男『みなさん”み”という字を使っていますが、これがいけません!”み”が悪い上に漢字の”美”はもっと悪い!こちらのお宅には4人も付いています!テレビや新聞をご覧になっても分かるでしょう。大概事件に巻き込まれるのは美が付いている人なのです!』
父は、男の話を黙って聞いていたが、次の男の一言でブキ切れた↓20070401023816.jpg

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男『この○美さんというのは奥様でしょうか?とくにこの○美さんが一番悪い!!』
父の顔が狂犬に変わった。
そうなんです。父は、この凶暴な性格に似合わず『○美』という、一見女のような名前なのです。
父『てめぇ今、何て言った?』
男『は?』
父『こりゃなぁ俺の名前なんだよ!!親がつけてくれた有りがてぇ名前だよ!!その名前にケチつけやがってブっ殺されてぇのか!!』
男『い・・いいえ・・そんな・・つもりじゃ・・・』
怯えている男に、今にも襲いかかりそうな父に、男は恐れをなして逃げて行きました。
一部始終を隣の部屋で見ていた母は
母『バカな男だねぇ。勧誘する相手を選べっていうのさ』
父『あの野郎、ふざけやがって俺の名前ケチつけやがった』
母『ありゃ、子の付いている人に家に行ったら、子が悪い!!って言ってんだね』

我が家は父を筆頭に姉妹5人に『み』がついている。父を含めて4人は漢字の『美』を使っているのです。
当時『美』が付く名前が流行っていたらしく、私と同じ真由美は学年に6人くらいいましたよ。
今も昔もこうして不安をあおってインチキな宗教やお祓いの勧誘なんかがありますよね。父には絶対通用しませんけど。

捨てる神あれば・・・

未分類

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この写真の置物たちはフリーマーケットで購入したものです。
馬の置物は前足が折れていたもの。神様は指が2本折れていたもの。
福助さんは、あちこち欠けていて、象の木彫りの置物は牙が1本折れていました。
この手のものがフリーマーケットで売られているのを見ると
『売れ残ったら捨てられてしまうかもしれない』
と心配になって、ついつい買ってしまい、家に帰って娘に
『また、こんなもの買ってきて!!それでなくても変な家なのに!!』
と叱られてしまう。
それにしても、足が折れているだけで、指がないだけで、仮にも神様なのに処分するなんて、バチ当たりだと思うんだけどな。
馬の足と象の牙は、割り箸を彫って新しいものを作ってあげて、付けてあげました。
福助の欠けた部分と神様の指は粘土で修復してあげました。
修復すれば、だいたい治るものです。
偶然というのはあるもので、私かお薦めブログにしている『あまね』さんのブログに同じ置物の写真がありました。それだけではなくて、あまねさんの象さんも牙が1本無いそうです。↓

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まさか、牙が1本無いという置物ではないと思うのですが。
福助さんは9年前の西荻のフリーマーケットで50円で買いました。
象さんと馬は、高円寺にある蚕糸の森公園のフリーマーケットで、どちらも10円。
神様は、大宮八幡のフリーマーケットで1000円で買いました。
他にも家の中は、意味不明な置物で溢れています。
うちでもフリーマケットをやって衣類や雑貨などダンボール8箱くらい処分しているのですが、私がこういう物を買ってくるので、結局ちゃらになってしまうわけです。
そのたび、娘はプンプン怒ります。
無宗教なので、キリスト様も南の島の神様もお釈迦様も観音様も、み~んな仲良く暮らしています。

青梅の日向和田に梅見に行きました

旅&おでかけ

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息子と二人で青梅の日向和田に梅見に行っていました。
いつもなら、21日頃に行っても駅や日当たりのいい場所は咲いていても、山の方は全然咲いていません。
ところが、今年はやっぱり暖冬のせいか、駅や日当たりのいいところの梅は完全に散っていて、山の方の梅も満開を過ぎて、少し色あせた感じになっていました。
いつもすごい賑わいなのに、どうも人が少ないと思ったら、ピークをとっくに過ぎていたのですね。
と、いうわけで、梅のいい写真が全然とれなかったので、梅の公園内にある、梅壽園さんで毎年食べている山菜そばとみそ田楽の写真をお楽しみ下さい。

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こちらは、日向和田で一番有名な紅梅園さんのコーヒーと梅シャーベットと花梅大福です。
ここのコーヒーは本当にとっても美味しいんですよ。
それに、紅梅饅頭というお饅頭が絶品で、あんこが全く甘くないし、焼きたてを箱詰めするので、家に帰って来ても、まだ箱が暖かくて感動します。
青梅は27年前、下井草のスタジオに行っていた頃、駅のポスターを見て試しに友人と行ってみたら、そののんびりまったりした梅の里に一目惚れして、以来27年ずっと毎年訪ねています。
私の住んでみたい町ベスト3に入りますね。
残念ながら梅はピークを過ぎてしまいましたが、みなさんも是非一度青梅に行ってみて下さい。

娘の卒業式でした

子育て&学校

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これは卒業式の体育館に飾られた絵です。
学年全員が原案を描いて、娘が描いたものが選ばれたので、それを大きくしたものを卒業式までに友達と描き上げました。
畳、何畳分もあるでしょうか。よく頑張って描きました。誉めてあげたいです。
今日は卒業式でしたが、体育館は凍死するほど寒かったです。こんなところで遭難したくないと本気で思いました。
校長先生のいつもの長い長い話、それも意味不明な、保護者からはブーイングが出ていました。(もちろん小声で)
小学校の卒業式では号泣していた娘でしたが、今日はケロッとしていました。




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小学校の卒業式で思い出すのは、娘以外誰も泣かなかったということです。
とにかく今の子ども達が冷めているというか、感情があまりないというかクールなのです。
私が小学校の時も中学校の時も、男女問わず号泣してましたね。
娘自身、前日に『私、多分泣かないよ』と言っていましたが、当日はほぼ最初から最後まで号泣していました。
つられて先生も保護者も号泣していましたが、やっぱりお友達は泣くこともなくニコニコしていました。
私も、『この6年間私は頑張った。保護者間のもめごとで人間不信になったり、トラブルがあったり、空手だって雨の日も雪の日も送り迎えをしてやった。仕事と家事と一人でよく頑張った・・・』
と思ったら、泣けてきて号泣していました。
家に帰って、
娘『お母さんも号泣してたね』
私『私、6年間頑張ったなと思ったら、自分が偉いなと思って泣けてきた』
娘『はぁ~?自分のために泣いてたの?6年間頑張って卒業したの私じゃん』
と呆れていた。
全国の卒業生のみなさんおめでとう!!親に感謝してね!!

MADE IN 足立33

連載物語 MADE IN 足立

下の写真は妹。道の向こうには梅島駅がある。
戦争なんて遠い昔の話と思っていたけど、よくよく計算してみると、私が生まれた時は、戦後16年しかたっていなかった。
あれは足立区だったからなのか、荒川の土手に家を建てたまともに住むところのない子や、お風呂にも入らずボロボロの服を着ていた友達もいた。
まだみんな貧しかったのだ。
当時は玄関は開けっぱなしで、ふと見るとボロボロの服を着てボサボサの頭の物乞いの人が黙って立っていてびっくりしたこともある。
私『お父さん。誰かいるよ』
奥の部屋からやってきた父は、その人を見ると
父『おっかぁ、何か食い物もって来て!』
と、言った。私が驚いて父の顔を見ると
父『こういう人はいろいろ大変なんだ』
と言った。そして母から渡されたおにぎりを『はいよ』と物乞いの人に渡した。
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前にも書いたけど、学校の裏門のカラーヒヨコ売りも健在で、今考えると、なんであんなのを学校の裏門で売るのを許されていたのか不思議。
それに、今はもう絶滅したけど、ゴム紐売りという人がいて、ヤクザみたいに人相の悪いおじさんが、玄関に居座って、ほぼ脅しに近い感じでいりもしないゴム紐を売りつけるのだ。
父がいる時は追い返すことができるけど、父がいないと、
『これを買ってもらわないと、ずっとここにいてもいいのかなぁ』
などと、すごまれて母は渋々買っていた。
『お父ちゃんがいてくれたら追い返したのに悔しい!!』
と、地団駄を踏んでいたっけ。
寅さんみたいな男に偽物の大島紬を売りつけられたことがあった。
知り合いに仕立ててもらおうと思って、持って行く途中に急に雨が降ってきて、反物が濡れてしまったらしい。
ふと、反物を持っている手元をみると青い色が・・・みるみる色が落ちてきて、偽物を掴まされたと気付いたそうです。
笑えるエピソードが姓名判断の男の話。
これは次回につづくっ!!

アニメーターはつらいよ35

アニメ

下請け会社にいた頃はサンライズ系の仕事が多かったのが、新しく移った制作会社は名作物やほのぼのした作品を手がけていたので、ロボットが苦手な私としてはラッキーでした。
ところが、1986年頃からでしょうか、アニメが子どもに見せるだけのものでは、なくなって大人向けの作品も作るようになってきました。
アダルトアニメというやつです。当時はまだ二十歳そこそこでしたから恥ずかかったですね。分からないところを聞きに行くにも
私『この乳○の色は色トレスでいいんでしょうか?』
作画監督『そうだねぇ、色トレスにしておいて』
聞いてるこっちも真っ赤でしたが、作画監督も真っ赤になって作業していました。
制作『ごめん、先にアンパンマンやってくれる?それでアダルトが終わったら聖書物語やってね』
う~ん・・良い子のアニメの後にアダルトを描いて、その汚れた手でキリスト様を描いていいのだろうか?アニメーターだから許されるけど、これがタレントだったら、NHKに出てAVに出て宗教物に出演ということになる。絶対ありえない。

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で、20年以上時が流れた現在では、全く恥じらいなどないですね。
涼しい顔で描いてますよ。
私『この○○○と×××はもろに描いちやっていいんですか?』
注・○○○と×××はとても言えない言葉です。
原画『はい、描いちゃっていいです。後でモザイクかけますから』
おばちゃんになると言うのは恐ろしいことです。
私は出来上がったものを見ていないので分かりませんが、このアダルトアニメというやつは、取りあえずもろに全部描いてしまうのです。
それで、あとの編集で実写のようにモザイクをかけるそうです。
長いことアニメをやっていると、本当にたいがいものを絵に描いてきました。
小さい物ならアリ、ハエ、ノミ。大きいものなら怪獣、ロボット、おばけ、光GENJIもアニメで描いたし、三浦カズ、ヤスも描いた、チョちゃんで黒柳徹子も描いたし。有りとあらゆる物を描いてきたけど、まさかエロイものを描くとは思ってもみなかった。
そうそうブレーブスとかライオンズの球場で流れる応援アニメもやりました。ガンバ大阪やマリノスのアニメもやりました。JRAや桃屋のCMもやったし、懐かしいですね。

DEAtH NOtEにすずらん通りが・・

シナリオ&映画&ドラマ

娘が大好きな松山ケンイチが出演しているデスノートのDVDを合格祝いに買わされました。
前編は以前テレビでみていたので後編を見ていました。
私も仕事をしながら時々チラチラ見ていました。
よく出来ていて結構面白かったです。
松山君は本当に漫画のキャラクター通りで、あれだけぴったりキャラクターと重なる役者さんはハリーポツターのダニエル・ラドクリフ君以来久しぶりに見ました。
藤原竜也君はやっぱりお芝居が上手い。今、あれだけお芝居が上手いんだから、中堅、大御所になった時が楽しみですね。
ところでラストシーンのあたりで、娘が叫びました。
『お母さん!見てほら!このシーン!見て見て!!』↓

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何事かと思って見てみると、鹿賀丈史さんが娘と歩いているシーンなのですが、阿佐ヶ谷のすずらん通りを歩いてました。
娘『お母さん、ほら、すずらん通りが映ってる!』
確かに、すずらん通りの見慣れた手芸屋さんの名前がみえます。
しかし、何ですずらん通りを使ったのかな?許可が取りやすかったとかロケしやすいとか?
この間は『演歌の女王』のロケを駅前でやっていたし、確か『リング』でも駅前の噴水広場がロケで使われていました。
先日見た映画では近所の大宮八幡宮のシーンがあったし。
踊る大捜査線でも、阿佐ヶ谷のパールセンターで織田君が撮影していました。(ちなみに青島刑事は杉並警察地域課に勤務していた履歴があります)
話は戻りますが、そのデスノートのラストシーンなのですが、雪がシンシンと降っていて、道路に雪がうっすら積もっていました。
深夜の撮影と思われますが、その短い時間で雪を積もらせ、機械で降らせて、撮影をして片づけたのかな?だとしたらスタッフのみなさんご苦労様です。でも、最近はCGで細工できるのかな?いろいろと考えてしまいました。

MADE IN 足立32

連載物語 MADE IN 足立

ー親父の事件簿・泥棒を殴った男ー
まさに下の写真が事件現場なのだ。
母の甥が(私の従兄)田舎から出稼ぎに来ていて、隣りのアパートに住んでいた。
従兄が歯を痛めていたので、母が氷嚢を持って行こうとしていた。
父『あいつまだ、歯がいたいのか?』
母『全く、歯医者に行けばいいのにねぇ』
のんきにアパートの階段を上がって行った母は、従兄の部屋の前に男がいるのに気が付いた。
母『○○!誰か来てるよ!』
と言うと、部屋の中から従兄の悲痛な声が、
従兄『叔母さん怖いよ!助けて!さっきから誰かがドアを無理矢理開けようとしてるんだ!叔父さんを呼んで来て!』
母は、すごい勢いで自宅に飛び込んで来た。
母『お父ちゃん早く!!変な男がいる!!○○の部屋の前!!』↓
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父は、丸腰で家を飛びだした。普通ゴルフクラブとかバットとか取りあえず持って行くと思うんだけど、腕に自信があったのだと思う。
私たちも母と一緒に後を追ってアパートの前で様子を見ていた。
父が二階に上がってみると、確かに挙動不審な男が立っていた。
父『てめぇ何やってんだ!!』
泥棒『・・・便所・・・便所借りに来た・・・』
父『便所だと?便所はてめぇの後ろにあるだろ。それになぁ、土足で二階まで上がって来て、便所ってことねぇだろう』
男は父を振りきって逃げようとした。
父『待て、こらぁ!!』
母と私たちはと言うと、恐る恐るアパートの前で聞き耳をたてていた。
と、その時、大きな音をたてて二階から人が転げ落ちて来た。
玄関のガラスは割れて、男が転がっているのが見えた。
そのあと、お巡りさんが3人来たけど、
父『あの野郎、急に逃げやがって追いかけて殴ったら落ちた』
と言うと、お巡りさんも呆れていた。
この男は近所のヤクザの舎弟で、父の会社で働く気の弱そうな従兄のことを知って、脅して金を取ろうとしていたらしい。
まぁ、父の狂犬ぶりもたまには役に立つと言う事件でした。
         つづくっ!!

アニメーターはつらいよ34

アニメ

ー大先輩の死ー
何の作品の時だったのか忘れてしまったけれど、『ニルス』か動物物の作品の新番組の準備をスタッフがしていた。
動物物が得意ということで、もの凄い大先輩のお爺ちゃんアニメーターのKさんが打ち合わせにやってきた。
とても穏やかそうなお爺ちゃんで、ニコニコしながら打ち合わせをしていた。
コンテが上がり作画に入り、作業は進んで行った。
そんな時、1本の電話が鳴った。
制作Y『はい。えっ?そんな馬鹿な・・・。はい、分かりました』
制作F『どうした』
制作Y『Kさんの奥さんからです。Kさん亡くなられたそうです』
制作F『だって、この間あんなに元気そうだつたじゃないか』
制作Y『奥さんは、言葉を濁してましたけど・・・』↓



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制作Y『自殺みたいですよ』
制作Fさんは絶句した。
制作Yさんは作画スタッフの私たちにも報告してくれた。
Kさんは今回の仕事は久しぶりの仕事で、絵を描きはじめてみたら上手く描けなかったそうだ。
奥さんに、老眼で絵がよく見えないとか、手が震えると悩みを話していたらしい。
私『引退してのんびりすればよかったのに・・・』
監督『たぶん、絵が描けないくらいなら死んだ方がましだと思ったんだろう。気持ちは分かるけどね・・』
この頃の私は、まだ二十歳そこそこで、先のことなど考えていなかったし、結婚したらアニメーターはやめようと思っていた。
しかし、気が付くと食べて行くためにはやめられず、ここまで来てしまった。
アニメーターの定年はあるのか?いつが潮時なのか?
ここ数年やめようやめようと思いながらズルズルしていた。
老眼になって手が震えるようになったら、さすがにやめようと思う。
私にはアニメーターとしてのプライドはないので、絵が描けなくなっても正直ショックではない。かえって、やっとやめる理由ができてホッとするかもしれない。

ビバ!!足立!!

未分類

県民性をテーマにしたシナリオを書こうと思って、いろいろ資料を集めて、何冊か本も読んでみたが、足立区が無茶苦茶バカにされているをはじめて知った。
『足立区は東京の植民地』とか『足立区は埼玉県の植民地』とか『埼玉県足立区と呼称されることもある』とか書いてあった。
プロフィールにも書いてある通り、私は現在杉並に住んでいるが、23年前、杉並で一人暮らしをはじめて、足立区との違いに度々カルチャーショックを受けた。
ステテコ姿の親父はいないし、ねまきにカーラーみたいなおばちゃんも道を歩いていない。杉並では町の人がみんな小綺麗なのだ。
東武線に乗ると、真っ昼間でも、たいがいアル中の親父が一人は乗っていて、乗客にからんでいたりしていた。
真っ昼間の中央線でアル中の親父に会ったことはない。

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足立区のは知っての通り下町で、近所の人はみんな顔見知りで、狭い道路で立ち話をするおばちゃんがそこいら中にいたりする。
しかし、杉並は近所との関わりがほとんどなくて、下手すると挨拶しても無視されてしまうこともあった。

一人暮らししてはじめての夏、窓に風鈴を掛けた。
すると翌日ポストの中に紙切れが入っていた。
『風鈴がうるさい。外して下さい』
というメモだった。
隣の家の人だと思った。隣りの家側の窓に風鈴を付けてしまったというのもあるし、奥さんがちょっとヒステリーっぽくて、いつもカナギリ声を上げていたので、たぶんそうだと思う。
私は慌てて風鈴を外した。
足立区あたりじゃ風鈴なんか普通かけているので、ついそのつもりでかけてしまったけど、どうも習慣がちがうらしい。
2回引っ越しして、今の家で3件目だけど、やはり近所で風鈴をかけている人はいなかった。
23年住んでいると関わり方が分かるようになりましたが、ルーツは宮城、出身足立の私は、真の杉並区民にはきっとなれませんね。
娘と息子は生まれも育ちも杉並なので純粋な杉並区民ですけどね。

MADE IN 足立31

連載物語 MADE IN 足立

ー隣りのアパートの話ー
下の写真は我が家の前の東武線が、高架になる前の写真。
ここを高架にすることになって、父は会社を起こして我が家はプチバブルになった。
当時、田舎から出稼ぎに来た親戚から、ヤ○ザなおじさんから様々な人が働きに来ていた。
子どもが5人と職人の分で20人分くらいの食事の支度を母は一人で作っていた。(その合間に妊娠→出産を繰り返していたのだ)
隣りにあったアパートは5部屋しかない小さなアパートで、1部屋を子供部屋として借りて、2部屋を職人さんの部屋として借りていた。
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残りの2部屋には代わる代わる色々な人が、入居してきた。
昔もいた自称ミュージシャンの兄ちゃんや、学生風の人、普通の家族、サラリーマン、などなど。
あの頃は、近所づきあいというのが普通にあった。
当時は電話がまだ普及されていなかったので、アパートの住民はみんな我が家に電話を借りに来ていたし、母子家庭の子どもが、なぜか毎晩、我が家にご飯を食べに来たりしていた。
まぁ大勢だったので、一人増えてもあまり変わりがなかったんだと思うけど。現在のように人を疑うことのない平和な時代だった。
小学生の私は、このアパートの掃除をアルバイトとしてやっていた。
トイレ、階段、廊下、玄関を掃除して、確か千円くらいのバイト料をもらっていた。
そのお金で『りぼん』や日野日出志や楳図かずおの恐怖漫画のコミックを買い、バイト料は漫画に化けた。
このアパートでもいろいろな事件がありました。お巡りさんが来る騒ぎになった話は次回のお楽しみ!!

アニメーターはつらいよ33

アニメ

ーまたまたN氏事件ー
アニメーターは『根暗っぽいイメージがある』と思われているが、『ぽい』じゃなくて本当に根暗です。
私の27年のアニメーター人生で、クラスの人気者タイプの人には会ったことはありません。
中には『偉い人に怒られたって平気だぴょ~ん!!』みたいな人はいましたが、明るいというよりは脳天気なオバカでした。
前にNさんの事件を書きましたが、Nさんは一見すると本当に普通のおじさんで、ノーマルな時は全く問題のない人でした。
その日もまた、制作の方から声が聞こえてきました。
制作F『Nさんがカットを持ったままなのに連絡がとれない』
制作Y『またですかぁ~』
制作F『たのむ、またアパートに行ってくれ』
制作Y『怖いんですよ~本当に~』
怖いという理由は、アニメーターはつらいよ29に書いてあるので読んでみて下さい↓

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制作Yさんは泣く泣くNさんのアパートに向かいました。
例のごとく、大家さんに鍵を開けてもらって中に入りました。
前回はトイレに座って、有らぬ方向を見ていたNさんがいて、心臓が止まりそうになった怖い記憶があるので、今回はトイレも確認したそうです。
トイレにも人はいないので、安心して残されたままのカットを集めていました。
制作Y『ったくよぉ。何考えてんだよ。受けた仕事はちゃんとしろって言うんだよ』
などとブツブツ独り言を言っていると、背中に人の気配が・・・。
恐る恐る振り返ると、ベツトにNさんが!!
どうも、Nさんは寝ていたのか、こもっていたのか、頭まで布団をかぶってベットにいたのを制作のYさんは気がつかなかったようです。
黙ってこちらを見ている様子は普通じゃなかったようで、声も掛けずに『ギャ~』と言って一目散でスタジオに帰ってきました。
そしてまた、われわれ社内の動画が徹夜してNさんのこぼれた動画をやらされることになるのでした。


-子育て珍事件-盲腸かとおもいきや!!!

子育て&学校

子どもが高熱を出したり、病気やケガをするのは決まって病院が休みの週末や夜だったりする。
昼間、病院のやっている時間に具合が悪くなってくれればいいものを、最悪の場合救急車を呼ぶことになる。
娘が5才くらいの時のこと、夜10時頃に急に腹痛を訴えた。
かなり苦しそうで、どうしようかオロオロしているうちに今度は大量に嘔吐した。尋常じゃない量である。
腹痛で嘔吐と言ったら『盲腸』ではないか。放っておけないので、救急車を呼んだ。
病院についてまず触診すると先生の顔色が変わった。
私はドキドキ、もしも盲腸で入院となれば乳飲み子を抱えながらの病院通いになる↓

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私『どうでしょうか?』
医者『便秘です。それもものすごく貯まってます』
私『えぇ~・・・・』
医者『詰まり過ぎて食べ物を受け付けられなくて吐いたんでしょう』
私『盲腸は?』
医者『盲腸じゃありません。便秘です』
私『・・・便秘・・』
前にも書いた通り、小学校に上がるまで娘の便秘はひどかった。
食べ物を受け付けないくらい詰まるなんて・・・。
娘は、前回同様、またまた大量の浣腸をしてもらい詰まったものを全部出してもらった。
帰り道はスッキリして気分爽快の娘であった。
それ以来、我が家では、娘の腹痛=便秘ということになった。

MADE IN 足立30

連載物語 MADE IN 足立

ー中毒の兄ちゃんの続きー
三女が底なし沼の中央を指差して
『お姉ちゃん、カッパだよ』
と言うので、私と姉は三女のところに飛んで行った。
姉『カッパ~!!どこどこ!!』
私『知ってる!ばぁちゃんがこの辺の川にはカッパが住んでるっていってたよ!』
ばぁちゃん家は北上川の近くにあり、小川が多いこの辺りはカッパ伝説もあり、カッパが本当にいると信じられていた。
私たちは目を凝らして沼の中央を見た。
しかし、よくよく見てみると、どうも溺れている人にも見える。
私『ギャ~!お兄ちゃんだ!!!』
姉『早くお父さん呼んでこなくちゃ!』
そうなんです。何とあのお兄ちゃんが素っ裸で笑いながら泳いでいたのです。
○・ヨンジュンが冬のソナタの微笑みでカッパの出そうな沼で素っ裸で泳いでいる姿を想像してみて下さいよ。すごいでしょ。
この沼は底なし沼で、人が入ったら足を取られて出てこられないと、小さい頃から脅かされていたので、私たちは助けを求めて一目散で家に帰った。↓

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姉『お父さん!早く!お兄ちゃんが沼で泳いでる!』
父『何~!!』
私『死んじゃうよ!早く早く!』
大人達が慌てて飛びだして助けに向かった。
助けられたお兄ちゃんは泥まみれ。
素っ裸でニコニコしなが立っていた。
足から血を流している。
父『ガラスか何かで切ったんだ』
母『早く手当しないと』
それでもやっばり○・ヨンジュンスマイルでニコニコご機嫌な様子だった。
どうも、みんなが宴会で盛り上がっている間にこっそり家から抜け出して、隠し持っていたのかシンナーを吸っていたのだと思う。
結局、この兄ちゃんは父の手に負えず、家に帰って行った。
中毒の人の奇行を目の当たりにしたおかげで、我が家では薬物に手を出すものは一人もいなかった。サンクス!中毒の兄ちゃん!
        つづくっ!!

アニメーターはつらいよ32

アニメ

動画ー仕上げー撮影が終わると、撮影したフィルムを繋いだラッシュを見に行かなくてはいけません。
締め切りで忙しくてもなるべく行くようにと、制作の人に釘を差されているのでシブシブ行きます。
だいたい東映動画か東京現像所か東洋現像所(現・イマジカ)のどこかに行ってました。
なぜシブシブかと言うと、時間のロスというのもありますが、自分のやったカットにミスがあった時、心臓に悪いこと。
どう見ても動きが変とか、ロングの小さな絵がガタガタだったりしたら目も当てられません。
『誰だ、このカットやったのは!!』
何て言われた日には
『ったく誰でしょうねぇ』
としらばっくれるしかないでしょう。

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色抜けや動画のリテークなど、全て制作の人が控えていて、スタジオに戻ると大騒ぎです。
放送に間に合うように、全部直さなくてはいけないから。
それも毎回結構量があるんですよね。リテークが。
放送までに時間の無い時は、
『作業を中断して美術の方へ行って下さい』
と召集があります。
『仕上げに戻して直している時間がないので、みんなで色を塗りましょう』
今はデジタルですから、こんなこと無くなりましたが、当時はバリバリのアナログな時代ですので、制作も社長秘書も借り出されて、セルの色塗りをペタペタとやりました。
我々、絵描きは次の作品に入っていて、そんなに忙しくはないけど、制作はそこからが大変みたいでした。
直し、ラッシュ、直しを繰り返し、編集の人が会社で泊まり込みで編集したりして、穴をあけることなく無事に放送に間に合う。この繰り返しでしたね。
今思うとドタバタしていたけど、楽しかったし良い思い出です。


-子育て珍事件-なぜ、鼻の穴に?!!!

子育て&学校

本当に小さい子どものすることは予想外で、子どもを生んで育ててみて実感する毎日だった。
子どもに道具の使える人になって欲しいので、小さい時からハサミなども自由に使わせていた。
子どもは必ずやることだと思うけど、うちの娘も例に漏れず、自分の髪の毛をバッサリと切った。
おとなしく遊んでいたと思って振り返ると、無惨な髪型の娘は、すんごいことになっていた。
縫いぐるみの毛を全部刈ってしまったこともあったし。
娘はビーズが好きで、保育園の頃から自分でブレスレットや意味不明なものを作っていた。
ある日、娘が私のところにやってきて
『お母さん・・・あのね』
と言った。だいたいこのセリフの後は『ごめんなさい』になるのだが↓

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私『今度は何したの?』
娘『ビーズがとれないの・・・』
私『取れないって、どういうこと?』
娘『鼻の穴に入れたら、取れなくなったの・・・』
私『・・・えぇ~!!』
慌てて娘の鼻の穴を見ると、自分で取ろうとしたらしく思い切り奥に入っている。
私『いくつ入れたの?』
娘『わかんない・・』
絶句、いくつ入れたか分からないくらい入れるなっつうのよ。
それから取りあえず、いろんな物を使ってやれることは全てやった。
すると、7ミリほどの大きさのビーズが次々と取れた。
私『なんでこんなもの鼻の穴にいれたの?』
娘『わかんない』
先日、この話を娘としていて、娘はその時のことをよく覚えていると言っていた。
娘『あの時のことはよく覚えているけど、やっぱり何で鼻の穴にビーズを入れたのかは自分でも分からない』
と言っていた。
そう言えば、息子が1年生の時、給食の時間に隣の席の男の子の耳の穴に『キューリ』を入れた。後日の個人面談の時に先生に聞かされてびっくり。
なぜ、耳の穴にキューリを入れたのだろうか・・・。
やっぱり子どものすることは理解できない。

MADE IN 足立29

連載物語 MADE IN 足立

ー中毒の兄ちゃん事件ー
父『おっかぁ、今日からこいつを預かるぞ』
母『またぁ?今度はどこの息子連れて来たの?』
父『○○建設の長男だ』
母『別に問題なさそうな子じゃないの』
父『シンナー中毒だ』
前回話した通り、父は面倒見が良くお節介で、時々ドラ息子の更正なども買って出ていた。前回不良で、今回はシンナー中毒の兄ちゃんだ。
黒縁のメガネを掛けた一見インテリそうな青年がニコニコ笑顔で立っていた。
娘が5人いる家庭にシンナー中毒の兄ちゃんを連れてくる親もどうかと思うんだけどねぇ。
ちなみにこの兄ちゃんは、あの微笑みの貴公子○・ヨンジュンにそっくりだった↓

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その時は夏のお盆の時期で、父いわく
父『大体よぉ、東京にいるのが悪いんだ。毎日排気ガス吸って体が悪い物しか受け付けなくなってんだ。田舎に行って、きれいな空気を吸えば人間も良くなるってもんだ』
ということで、田舎に帰省するついでに、この中毒の兄ちゃんを連れていくということになりました。
宮城県の母の実家に到着すると、田舎の人は酒好きなので、昼間っから宴会がはじまります。
私たち姉妹は、さっそくビーチサンダルを履いて、バケツと網を持って近くの大沼にザリガニ捕りに行きました。
私『お母さん、行ってくるね!!』
母『あそこは底なし沼なんだから、気を付けるんだよ!!』
私『わかってる!』
大沼に到着すると、私と姉はザリガニ捕りに夢中です。
三女は、まだ小さくて危険なので、少しはなれて私達を見ていました。
姉『そこにいるって!』
私『どこどこ、濁ってて分かんないよ』
必死な姉二人をよそに、飽きてしまった三女は、沼の渕の道をブラブラ歩いて行きました。
しばらくすると慌てて戻って来て叫びました。
三女『お姉ちゃん!カッパ!沼にカッパがいるよ!!』
姉・私『カッパー!!』
         次回につづくっ!!

MADE IN 足立は実話です

連載物語 MADE IN 足立

『MADE IN足立』は実話ですか?という質問がありましたのでお答えします。
これは実話です。
プロフィールにも書いてあるように私は生まれも育ちも足立区梅島で、世界の北野(北野武)さん家の近くに住んでいました。
私が物心ついた頃から父が48才で死ぬあたりまでをシナリオにして映画祭に送りました。最終選考まで残ったのですが落選しました。
周りから『売り込むためにはブログをやって自分のシナリオをどんどん公開していった方が良い』とアドバイスされましたが、盗作されるのが嫌で躊躇していました。
(って誰も盗作なんかしねぇよと分かっていますよ!!)
でも、実話なら盗作できないし、これなら出しても良いかなと思い公開することにしました。
『アニメーターはつらいよ』ももちろん実話で、私が未経験でアニメーターになった27年前からの様々の出来事を書いています↓







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ある人が『ブログをやっている人の気持ちが分からない』と話していました。
実は私も、ブログを始める前は同感で、ブログには全く興味がなくて、本当にやる気などありませんでした。
でも、実際はじめてみると、毎日短い文章でも書き続けることで、物を書くトレーニングにもなるし、痴呆になる前に覚えていることを書き残しておけるし、なかなかいいものです。
それに『子育て珍事件』を読んでいただけば分かる通り、私のような出来の悪い落ちこぼれの親でも何とか子どもを育てていけるというのを知って貰って、子育てで悩んでいるお母さんに勇気を与えて自信を持ってもらいたいです。
これだけ長く生きてみて振り返ってみると、毎日事件の連続でした。
正直、試練の連続で書くことは無限です。
ニートの人や引きこもりの人など、辛い気持ちは判るけど、やっぱり動いてみることだと思います。動いて見ると必ず何かが起きます。
そりゃ辛いことの方が多いけど、結構後で笑えるもんです。たまに良いこともあるしね。
私が打たれ強いから言えるのかもしれないけど、たまにある良いことを糧に生きて行くしかないでしょ。
本当はたまじゃなくて頻繁にラッキーなことがあるといいけど、やっぱたまだから有り難みがあるってものなのかもしれないしね。

-子育て珍事件-恐怖便秘地獄!!!

子育て&学校

汚い話だが、娘は小学校に上がる前まで、ひどい便秘で難儀した。
確かまだ2才くらいの頃の話だ。
100%ジュースを飲ませたり、繊維の多いものを食べさせたり、努力しても3日に一度くらいしか排便がなかった。
その日は出る日だったようで
娘『お母さん出る』
と言っていきんでいた。
私『頑張ってね』
と言って見守っていたが、娘の様子がおかしい。
娘『お母さん・・・痛い・・痛いよぉ』
と言って泣きだした。
慌てて見てみると、娘の肛門が、すごいことになっていた↓


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貯まっていた便が異常に太くて(直径5㎝はあったと思う)途中が止まってしまったのだ。
引っ張ると、腸まで一緒に出てきそうだし、押し込むのも怖いし、仕方がないので、便を途中まで出した娘を脇に抱えて、一番近くの病院に駆け込んだ。
掛かり付けのお医者さんならすぐに診てもらえるのに、はじめて入ったその病院は
『順番ですから待って下さい』と冷たい。
苦しんで泣き叫んでいる2才児を見てなんとも思わないのか!
『苦しいみたいなんですけど、先に診てもらえませんか?』
と聞くと却下された。
結局、30分くらい待たされて、診察室に入って
『便が太くて途中で止まってしまったんですけど』
『何?どれどれ』
先生が娘を診ると、途中で止まっていたはずの便は、待たされている間に戻ったらしく、姿がありませんでした。
『先生、引っ込んだみたいです。よかったぁ』
とホッとしていると、先生が娘のお腹を触診しながら
『こりゃそうとう貯まっているねぇ。浣腸して出しちゃおうか』
と言って凄い大量の液体を太い注射器のようなもので流し込みました。
娘は泣き叫んでいます。
すぐに薬が効いて、出そうなのに出ません。
『こりゃ確かに太すぎて出てこないんだ。中で砕くしかない』
と言って肛門に指を突っ込みました。先生は指でどんどん引っぱり出しています。
すると、出る出る、よくまぁこんなにため込んでいたなぁと関心するくらい出てきました。
便で腸が傷ついたらしく結構出血があります。
『先生・・血が・・・』
『大丈夫。大丈夫』
先生はにこにこしていますが、私は卒倒しそうになりながら、見守っていました。
小学校に上がった途端に便秘がなくなりましたが、それまで、何度も病院のお世話になりました。

アニメーターはつらいよ31

アニメ

-アフレコスタジオで-
『あさりちゃん』という作品の最終話のアフレコでした。
最後に簡単な打ち上げがあるということで、作画のスタッフもアフレコスタジオに同行しました。
複雑なキャラでもないし、ホームドラマっぽいアニメだったので、芝居が楽で結構好きな作品でした。
アフレコが済んで、制作のFさんが
『最終回のアフレコも無事に済みました。みなさん本当にご苦労さまでした』
と挨拶して打ち上げがはじまった。
フロアの一角で飲んでくだを巻いている女の人がいた。
私『あの人そうとう飲んでるね』
A子『よっぽど仕事で何かあったんだね』↓


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私『あの人何なんだろう?』
制作M『あの人は脚本家さんだよ』
私『脚本家?』
制作M『うん。本当はアニメの脚本なんかやりたくないんじゃないのかな。普通のドラマとか映画とか書きたいんじゃない』
私『へぇ~・・』

『冗談じゃないわよ!!プロデューサーはさ、私の実力を分かってないわけよ!!今に見てろっつうのよ!ビックになってやるうぅ~!!』
当時、自分が脚本家になりたいなんて思っていなかったので、あまり興味がなかったけど、その様子を見て、きっと大変なんだろうなと同情していた。
私『あれだけ豪語してるんだから本当にビックになってほしいですね』
制作M『そうだね』
それから、時が流れ、この出来事を忘れていた私でしたが、ある日、テレビ番組表の脚本家の名前を見て驚きました。
あの打ち上げの日、酒飲んでくだ巻いて豪語していた女性の名前があるではないですか。
インターネットで調べてみると手がけた作品は蒼々たる作品名が並んでいます。伊藤美咲が出演した『海猫』も彼女の作品でした。本当にアニメを卒業してビックな脚本家になったようです。しかし、アニメに関する情報がプロフィールに全然載っていません。
『おかしいなぁ。名前はあっているはずなんだけど、人違いかな』
尚、調べてみると出ていました。あさりちゃんのデータに。やっぱり間違いありません。
プロフィールに載せていないなんて、やっぱり嫌な思い出だったんですね。


『』

MADE IN 足立28

連載物語 MADE IN 足立

父は酒癖が悪く凶暴だが、その反面、馬鹿がつくほどお人好しだった。
金に困っていると言われれば、知り合いでもないのに、戻ってこないのを承知で金を渡していた。
同じ人に何度も騙されて保証人になって、代わりに借金を返していたりと、母はいつも呆れていた。
面倒見が良くてお節介で、時には知り合いのどら息子の更正なども買って出ていた。
ある日、いかにも札付きの悪という面構えのT君を家に連れて来た。
父『こいつの親が手あまして困ってんだ。うちで預かって根性鍛えなおしてやる』
母『また、お節介なんだから。うちには子どもが5人もいるのに。人の子どもを預かってる場合じゃないだろうに。お腹減ってない?何か食べる?』
T『(ふてくされて)べつに・・・』
と、いきなり父はT君の横っ面を殴った。
父『てめぇ何だその態度は。お前家では許されても、ここで同じことしてみろ、ブッ殺すぞ』
母も私たちも別にいつものことなので、驚かなかったが、T君は殴られたことがなかったのか怯えていた。↓

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不良少年と一緒に暮らす何て、それも赤の他人とですよ、現在なら考えられないことだけど、昔はのんきだったんでしょうね。
それに、その数倍怖い面構えのおじさんたちに囲まれて育った私たち姉妹には、驚くようなことではありませんでした。
T君は、毎日父に連れられて現場に行き、土方のおじさんたちに囲まれて、父に怒鳴られながら力仕事をしていました。
それからしばらくたったある日、T君は玄関で土下座をしていました。
T『これからは真面目になります。だから家に帰して下さい!!』
母『こんなに言ってんだから返してあげなよ、お父ちゃん』
父『絶対、親に悲しい思いさせんじゃねぇぞ。次はねぇからな!良く覚えとけ!』
というわけでT君は一ヶ月経たないうちに家に帰っていきました。
ところが、次に父が連れてきたお兄さんは、とんでもない事件を起こすのでした。
    つづくっ!!

男の好みは幼児期に決まる!!

子育て&学校

昨日、娘の入学する高校へ手続きと体操着や作業服の採寸をするために行ってきました。
講堂のようなところで順番を待っていましたが、娘は『あの人かっこいいかも』『正面から見たら駄目だ』とか一人で騒いでいました。
女子の多い学校なので男子生徒はまばらで、よくよく観察していると面白いことに気が付きました。
昨日は一応保護者も同伴して下さいと前もって言われていたので私も付いて行きましたが、手続きと採寸という簡単な用件なので、親抜きで一人で来ている生徒が何人かいました。
あとはお母さんが同伴というのがパターンですが、一人だけ両親がついてきている男の子がいました。
私『一人で来ている男の子は、心なしか頭がよさそうでしっかりして見える。冷静でクールな感じがいいね。お母さんは、ああいう子が将来有望だと思うね』
娘『確かに一人で来ているのは何か偉い感じがする。でも~クールなのは嫌。優しい人がいい!!』
私『あの両親が同伴している男の子は論外だね。あれは大事な一人息子かもよ。書類提出と採寸のために父親も母親も付いてくるかね』
娘『あれ、絶対マザコンだよ。最悪~一番嫌いなタイプだよ。それにあたし、筋肉のある人が好きだから』
って、異性の好みって幼児期に決まるって知ってました?↓

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以前、何かで聞いたのですが、幼稚園や保育園に入って集団の中に入ると当然異性がいますよね。
すると、初恋とか何何君が好きとか思うわけだけど、そこで好みというのは決定するそうです。
例えば女の子なら、乱暴な男の子を好きになると、その後の恋愛は振り返ってみると、確かにそういうタイプに惹かれていて、結果的に乱暴な男と結婚してしまうとか。
派手で面白いクラスの人気者が好きだと、そういうタイプに惹かれるとか、スポーツが得意な子が好きになると、インテリタイプよりスポーツマンタイプを選ぶとか。
ちなみに私は小学校の時の初恋の人がクラスで一番頭が良くて秀才でした。以後、確かに振り返ると物静かで頭のいい人を好きになりました。
逆に派手で面白いクラスの人気者というタイプの方が、胡散臭い気がして昔も今も苦手です。
娘は『顔が大事』というけど、私が見ている限り、娘は面食いではありません。
彼女の初恋の男の子は、絵に描くとあまり線を使わなくていい、良く言えばシンプル、悪く言えばヌボーとした顔の子で、無口でぼやりしていました。とても筋肉にはほど遠いタイプです。
次に好きになった男の子も、初恋の子にそっくりで私は正直びっくりしました。そして現在、松山ケンイチ君のファンなんですけど、やっぱり初恋の子に似てます。シンプルな顔で無口でヌボ~としたところが娘の好みぴったりだったのでしょう。
このことを娘に言うと図星だったようで
私『ということで、あんたの好みは筋肉マンじゃなくて、ヒョロっとしてボ~としている男の子なわけよ』
娘『そう言われてみれば、確かに』
彼女は自分の好みに初めて気が付いたようでした。