Archives ( 2007-04 )

西新井大師は昔のままです

連載物語 MADE IN 足立

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娘の高校合格のお礼もかねて、御大師様に行って来ました。
自転車があれば家からすぐですが、大人の自転車に息子は乗れないのでバスで行きました。
正月でもないしそんなに混んでいないだろうと思っていたら、おじいちゃんおばあちゃんが大勢来ていました。
誰だか知らないけど演歌のステージをやっていて凄い人だかりでした。
西新井大師は相変わらずですね。
昨日も書いたけど、未だにのんびりとした昭和の空気が流れている感じで落ち着きます。
山門を出てすぐのところにテレビでもよく紹介されている『かどや』というお店があります。↓
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ラーメンと焼きそばを頼んで息子と半分ずつ食べました。
ラーメンのスープがとっても美味しかったですよ。私は薄味なところが好きです。
別のテーブルでおはあちゃんと孫がラーメンを食べていました。
店のおばあちゃんとも馴染みらしく世間話をしながら食べててました。
婆『この子がさぁ、おばあちゃんは自慢だって言うんだよ』
店『あら、そりゃいいねぇ。おばあちゃん嫌いって言われたんじゃ、やんなっちゃうもんねぇ』
婆『おばあちゃんが自慢なんて言ってくれてさぁ』
店『そりゃ嬉しいよねぇ。おばあちゃん好きなの?』
孫『うん!』
なんともほのぼのとした会話だった。
三丁目の夕日だね。
ほのぼのとした気分で店を出て近所の陶器屋さんを覗いていたら、店主が出て来て、
『何か欲しいものがあるわけ?困るんだよね。見るだけで買わないなら遠慮してくれ!!(少し怒って)』
といきなり言われた。
ほのぼのが台無しに・・・。
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昭和の匂いのする町、足立区

連載物語 MADE IN 足立

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土日で実家に帰ってきました。
写真は現在の北千住です。
昔は、ザ!北千住!と言う感じで(どういう感じか分かりませんが)本当に地味だけど、足立区の中では一番都会という場所でした。
今はすっかり変わってしまって、ルミネやら立派な建物がそびえ建っています。
ルミネでケーキを買ったり、母のプレゼントを見ていて、客層を何気なく見ていました。
どんなにお洒落な店にいても何かが違う・・。
道を歩いていても何かが違う・・・。
何故だ!!何が違うだ!この違和感は何だ!
そ~なんです。人が違うんです。
町の人が昭和の匂いがするんです。
バス停でバスを待つおばちゃんも、若い人も、昭和の匂いがするんです。
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この写真を見て下さい。昭和でしょ。
そう言えば、西新井行きのバスを待っていたら意外な人を見かけましたよ↓

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『この人どこかで会ったことあったな?知り合いだっけ?』
しばらく考えて気が付きました。
桜金造さんでした。
う~んやっぱりこれも昭和な感じなのだ。
北千住で桜金造を目撃。
阿佐ヶ谷で松山ケンイチ、モーニング娘、天海優希を目撃。
この違いは何だ。
西新井行きのバスに乗り10分くらいで実家に到着。
さっそく母に
『北千住で桜金造を見た』
と報告すると、
『何で北千住に桜金造がいるの?選挙に負けたのに?』
『選挙に負けたって北千住に来てもいいでしょうがぁ』
相変わらずの馬鹿な親子の会話でした。
これも昭和の匂いのする会話だよね。

はじめましてボンちゃんです

動物&昆虫

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前にも何度か書きましたが、この子が我が家のモルモットのジェームスボンド君、略してボンちゃんです。
一昨年の大晦日の日にモルモットのコブラ君が急死しました。
家族の癒しだったコブちゃんが突然いなくなって、正月早々みんな哀しみの嵐でした。
そこで絶えられなくなった私は正月、店が開くのを待ってペットショップに行きました。
そして産まれたばかりのオスの三毛のモルモット(コブちゃんと同じ)が入ったら連絡して下さいとお願いしていました。
お店の人に
『モルモットの子どもが産まれる時期でないので、1ケ月先かいつになるか分かりませんが期待しないで下さい』
と言われていたので、そのつもりで待っていたら何と数日後に連絡がありました。
『この時期出ることはないんですが、珍しく何匹か産まれました。その中の一匹だけがご希望の子ですが、一度ご覧になって頂いてお飼いになるか決めて頂けますか?』
もちろん、すぐにお店に飛んで行きました。↓

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本当に産まれたばかりのモルモットで、ハムスターくらいの大きさのモルモットの赤ちゃんでした。
両目の周りが黒くてパンダみたいで、それはもう可愛くて可愛くて一目惚れでした。
即、飼うことに決めました。
あまりに産まれたばかりで真冬と言うこともあって、
『もう少し店で管理するので、1週間後に引き取りに来て下さい』
と言われました。
そして引き取りに行ったのが去年の1月20日でした。
上の写真は最近のすっかり巨大化したボンちゃんですが、家に来た時は片手の中に入る大きさでした。
慣れるまでビクビクして牛乳パックで作った小屋に逃げ込んでばかりいましたが、食べ物で釣って3日くらいで慣らしました。
私がゲージの横を通ると、ゲージに手を掛け立ち上がって
『キュー!キュー!!』
と食べ物を催促するようになりました。
1年ちょっとたちましたが、今ではすっかり貫禄もあって、ニンジンや野菜を枕にして白目をむいてグーグー寝ています。
小屋の近くにいると
『お母さん何か頂戴』
と私の服を噛んで引っ張ります。
可愛くて可愛くて溺愛ですね。

アニメーターはつらいよ42

アニメ

この写真は先日フリーマーケットをした産業商工会館の斜向かいにあった可愛らしい手作りのアクセサリーの店です。
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アニメの町杉並と宣伝している杉並区ですが、私がアニメーターになるきっかけとなったスタジオは杉並区下井草にありました。
あのあたりは『石を投げるとアニメーターに当たる』と言われていただけあってスタジオが多かったようです。
でも、それより4年ほど前、中学生の時に訪れた上井草が初めての杉並でした。
上井草の大きな球場で行われた野球の試合でした。
中学の野球部に片思いの人がいたので応援に行ったのです。
西武線に乗ってびっくりしましたね。
まぁ足立区の人間が言うのも何ですが、車窓から見える景色がすごいド田舎で『これが東京か?』と疑いましたから。
当時、まさかその杉並にずっと住み続けるとは夢にも思っていませんでした。
今日はアニメーションとは関係ない話ですが、私が杉並に住むきっかけになったお話をします。
一言で言うと『詐欺』ですね。↓

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当時、交際していた男にまんまと騙されて、一人暮らしせざる得なくなったと言うのが理由です。
そいつは現在も大手の某有名制作会社に勤めていている奴です。
一緒に住もうと言われ割り勘でアパートを借りた後、
『仕事で一人で住まなくちゃいけなくなった。お前は別のアパートを借りて住め』
と言う意味の分からない理由を言い出しました。
で、私は出て行かなくてはならなくなりました。
彼の制作仲間の男の子が
『あの~・・これ、言っていいのかどうか・・・』
『何を言われても驚かないから言って』
『僕も信じられないんですけど、実は○○さん5股くらいかけてるんですよね。僕はてっきりまゆみさんと結婚すると思っていたんで・・まゆみさんが可哀想で・・・』
『はぁ~?!なんすかそれ!!』
驚かないと言ったけど驚きました。
やられたぁ~って感じでしたね。
そいつは結局私を追い出した後、別の女とちゃっかりそのアパートで住んでいました。
世間知らずだったしまだ二十歳そこそこでしたから、交際中ずっと騙されていたのを知って男性不信になったし深く傷つきました。
割り勘した金返せ~!!
業界では有名な女好きだったのに騙された私も悪かったです。
いい勉強になりました。
もし、デスノートが存在するなら絶対お前の名前書くからな!覚えてろ○○!!
で、その時、たまたま友人が住んでいた阿佐ヶ谷に訪ねた時に駅前の景色と中杉通りが、秋のパリみたいで美しくて一目惚れして阿佐ヶ谷に住む事に決めたのです。



-子育て珍事件-危険!子どもの火遊び!!

子育て&学校

この着ぐるみの中は私だよ!
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息子が産まれて間もない頃の事件で、今思い出しても空恐ろしいお話です。
まだストーブを使っていた時期なので2月か3月だったと思います。
居間では娘が遊んでいて、産まれたばかりの息子は布団に寝かせていました。
産後すぐに仕事を再開していた私は、家事と育児も一人でこなす目の回るような生活を送っていました。
布オムツを利用していたので洗濯物が多く、その日も洗濯カゴを担いでバタバタと二階のベランダに洗濯を干しに行きました。
ものの15分くらいでしょうか、干し終わって一階の居間を見ると、娘が無言で茫然と何かを見ています。
『何かあるの?』
と娘に聞いて、娘の視線の先を見た私も固まりました。↓

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新聞紙がメラメラと燃えていたのです。
人間て面白いなぁと思いましたが、あぁ言う時、とっさに消そうとか行動をするわけでもなく、何故かしばらく凝視しているんですよ。
とくに私は間抜けなので、
『う~ん、何で火が燃えてるの?』
とそっちの疑問を感じていました。
娘としばらくボ~と火を見つめていました。
ホント馬鹿な親子でしょ。
しかし、我に返って
『火事になる!消さなくちゃ!どうしよ、どうしよ!』
と急に慌てました。
結局、とにかく消そうと思って、何も考えずに手で直にバンバン叩いて火を消していました。
娘に事情を聞くと、新聞紙を細長く丸めてストーブの火の部分に付けると、どうなるのだろうかと思ったらしいのです。
それで、くつけて見たら新聞紙に火が付いて慌てて手から放したら、燃え続けていたわけです。
乳飲み子の息子はその火から1メートルも離れていませんでした。
子どもを家に置いたまま親が出掛けて、子どもが火事で亡くなる事故は毎年どこかでありますが、絶対、ストーブをつけたまま子どもを置いて行っては駄目ですね。
たとえ親が家にいても、たった15分目を離した隙にやらかしてくれるんですから、子どもの好奇心を侮ってはいけません。

水槽の中にあんなものが!!

動物&昆虫

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これは我が家で飼っている金魚たちです。
名前はありません。
近所の和田堀区民プールではオフシーズンの間、プールに魚を放して魚釣りをやっています。
だいたいは釣って来たものですが、捕まえたものもいます。
と言うのも毎年5月の終わりにプールの水を抜いて、夏のプールの準備の前に水を30㎝ほどの浅さにして、つかみ取り大会があるのです。
もちろん毎年参加しています。
あの臭くて汚くてドロドロの中で魚を追いかけるのが堪らないんですよね。
去年、息子と半ズボンに網を持ってさっそうとプールに向かいました。そしていざ、プールに入ろうとしたところ息子が
『お母さん!この水は汚い臭い!ばい菌だらけだよ!入ったら病気になるよ!僕は入らない!』
とのたまったのです。
『お前は男だろ、汚いの臭いの言ってんじゃないよ!男だったらさっさと入って来い!』
『嫌だ!』
で、結局、息子は入らずに、私が捕まえた魚をバケツに入れる助手をずっとしていました。
う~ん、現代っ子なのでしょうか?山の手の育ちの良さが邪魔して、汚い物を寄せ付けないのでしょうか?
我が子ながら謎でした。
大きな30㎝くらいある鯉も捕まえましたが、この間死んでしまいました。
で、その水槽を昨日掃除しようと思ってフィルターの蓋を開けて、ぶったまげました↓

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フィルターに何かがびっしり広がっているのです。
『なんだこりゃ』
シャワーで流すと流れます。
よくよく見ると卵でした。
もう卵がびっしりとフィルター一面に広がっています。
取りあえずとれるものは取って、別の水槽に移してやりました。
心配になって水槽の中を網ですくうと、これまた水槽の底に卵が山積みにたまっています。
数日前にオスがメスを追いかけ回しているのを目撃していたので、卵を産むかもしれないから藻を買ってこなくちゃと思っていた矢先でした。
知ってますか?この五万と産む卵ですが、なかなか孵すことは難しいのです。
毎年チャレンジしていていますが、卵から孵った後一匹も育ったものはいません。
しかし去年、奇蹟的に一匹だけがすくすくと育って何と3㎝くらいまで成長したのです。
もう可愛くて可愛くて毎日息子と眺めていました。
それでも、夏の暑さがこたえたのか、ある朝死んでいました。
今年もどうなるかわかりませんが、金魚の育ての親に挑戦してみようと思います。

あさがやたがやせ其の五

農業&ガーデニング

*まゆみのアメリカ生まれの杉並育ちアピオス実験栽培*
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写真は近所のお家の庭に生えていた『つくしんぼ』です。
5年くらい前には、あちこちに生えていた『つくしんぼ』が次々に新しい家が建ってしまい姿を消してしまいました。
たまたま和田堀公園におたまじゃくしを獲りに行った帰りに、見かけたので勝手に写真を撮らせてもらいました。
『つくしんぼって食べられるんだよ』
とだいぶ昔に友人に聞いたことがありました。
そこで10年くらい前でしょうか、それでは食べてみようと言うことで小さい娘と沢山収穫して調理してみました。
私の料理が下手だったのでしょう。美味しくなくて悲しかったです。
さて、4月8日に植えたアピオスの種芋でしたが、その次の日に大雨が降りました。
浅く埋めた種芋が流されてしまったんじゃないかと心配しましたが、仕事が忙しくて見に行ってあげられませんでした。
5日目くらいに何とか時間を作って様子を見に行きました。
浜田山農園の私たちの畑はと言うと・・↓

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全く問題なく無事でした。
そのまま帰っても良かったのですが、自分の畑だと思うと愛着があってなかなかすぐに帰れません。
小さな畑の隅々までほんの小さな雑草も取ってきました。
それにしても雑草の生命力には驚かされますね。
あれだけ土を掘り繰り返され、根っこを引き抜かれて、踏みつけられても、もう復活しているんですから。
土に隠れたり集め損ねた雑草は、雨が残した水分と土のおかげで、命を吹き返していました。
それに花が終わった雑草から次の種がこぼれていて、新しい芽がたくさん生えていました。
そのエネルギュシュな雑草たちを見て、私もこの雑草を見習って踏みつけられても辛いことがあっても、立ち上がれるように頑張ろうとしみじみ思いました。
雑草魂とは、よく言ったもんです。現代の子どもたちも辛いことがあっても乗り切って、何度でも這い上がる強い気持ちを持ってもらいたいです。
でもやっぱり、畑の雑草は別の話。容赦なく抜いてきましたけどね。

MADE IN 足立40

連載物語 MADE IN 足立

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昭和39年に三女42年に四女43年に五女を産んで、母の妊娠はストップした。
父の酒・女・博打が原因で夫婦喧嘩は絶えなくて、年中離婚話が持ち上がっていたのでそれどころではなかったのだけど。
しかし、前のお話に書いた通り五女が産まれた4年後、近所に住む愛人が男の子を産んだことが母にバレてしまったのだ。
母は闘志に燃えてチャレンジを誓った。ロッキーの心境である。
愛人に先を越されたのがよほど悔しかったのだろう。
母は5年のブランクを物ともせずに負けずに妊娠した。
この時母は34歳で、今考えると全然若いんですけどね。
でも34歳で6人の子持ちは凄いと思う。
現在のようにエコーで確認など出来ないので、とにかく福袋と一緒で開けてみないとわからない大博打だった。↓

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お産当日、いつものように家から閉め出された私たち姉妹は、隣のアパートの従兄の部屋で待機していた。
三女『男の子が産まれるといいね』
私 『無理無理、絶対無理だよ』
姉 『どうせまた叔母ちゃんが暗~い顔して、女・・・って言うんだから』
正直言って、誰一人期待していないし、緊張感もなくダラダラと『ヤンヤン歌うスタジオ』かなんかを見ていた。
そのうち、アパートの階段を駆け上がる轟音が聞こえた。
親戚中で一番太った叔母が階段を駆け上がって来たのだ。
部屋のドアがガバッと開き
叔母『おとこ・・・男の子が!男の子が!産まれたんだよ!!!』
凄い形相で叫んだ。
14年かけて6人目にしてやっと男の子を授かった母であった。
サンクス、ロッキー!!ネバーギブアップだね!
それからと言うもの、我が家では弟は特別扱い。VIP待遇だった。
当然ですけどね。
まず、名前を付けるところから我々姉妹とは違った。
私たち姉妹の名前は適当で、その頃流行った父が好きな女優の名前を一瞬でつけられたけど、弟の名前に関しては、お寺に行ったり姓名判断したり決めるのに大変だったらしい。
現在その弟もいい歳になりました。
普通特別扱いされて育つと嫌な奴に育つものですが、何故か弟は謙虚で思いやりがあります。
多分姉弟の中で一番優しい子かもしれません。
姉が5人いたのは、やっぱり恐怖だったのかもしれませんね。

フリーマーケット終了

未分類

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昨日と今日とフリーマーケットをやってきました。
準備するのも大変だし、うちは車がないので自転車でダンボールを運ぶので正直しんどいのです。
でも、子どものオモチャがたまり、娘や私の着なくなった洋服がたまってくると、捨てるのは忍びないよねぇ・・となって、参加募集を見るとハガキを送ってしまうんですよね。
フリーマーケット歴は12年くらいです。その頃は今よりフリーマーケットが珍しかったので、結構高い値段でも物が売れていました。
今は、お客さんも目が肥えているし、やたらと値引きを要求するので、二束三文で売ることになってしまい、場所代をやっと稼げる程度です。我が家の今日の売り上げは・・・↓

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ジャ~ン!4000円でした。でも正確には場所代を除いて3000円ですけど。淋しい~!!
でも、隣のセレブな奥様グループは、出店したものがブランド品や高級品なので一つの単価が大きく、昨日は売り上げが20000円だったそうです。今日も大夫売りまくっていたようなので、2日で3・4万は売り上げたのではないでしょうか。
反対側のお店の奥様も20000円売り上げたそうです。
フリーマーケットごときで3・4万も稼いじゃうなんて、なんか凄いし羨ましいです。
私たち家族はと言うと、売り上げた3000円で、実家の母に犬のプリントのマルチカバーを買い、コージーコーナーでケーキを買って、使い果たしました。
まぁ、捨てるつもりの物が誰かに使ってもらえるわけですから、エコロジーに少しは貢献できたかと思います。
ダンボール3個分を売りましたが、衣替えをすると、またまた処分したいものが出来てしまうんですよね。

災難チンチラ

動物&昆虫

お知らせ
しつこいようですが、産業商工会館のフリーマーケットに是非是非おいで下さい!!
今日フリーマーケットをやってきましたが、お客さんが少なくて場所代を稼ぐのがやっとでした。
明日22日も10時からやっていますので、阿佐ヶ谷在住の方、お近くにお住まいの方、ご家族、近所の方とご一緒に遊びに来てくださ~い!
阿佐ヶ谷駅南口を中杉通りに出て、5分くらいのところにあります。
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これ見てわかりますかね。
新種の猫じゃありませんよ。
本当は毛がフサフサしているはずのチンチラです。
近所の家で飼っている猫ちゃんなんですが、少し暑くなってくると毛をカットしてしまうです。
息子が学校から帰ってくるなり
『お母さんチンチラが変だよ!!』
娘も学校から帰ってくるなり
『お母さんチンチラ見た?うけるんですけど』
さっそくデジカメを持って表に出ると『なんじゃこりゃ』と言う情けない姿になっていました。
いつもは飼い主の人が切っているようで、散切りでメチャクチャ切りのボサボサなのに、今回はちゃんとカットしてもらったようです。
体全体を皮膚が見えるほどギリギリまで丸刈りにされて、シッポの毛を残してあって、ライオンをイメージしていると思われます。↓

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昨日くらいまで結構寒かったので、チンチラもさぞかし寒かろうと心配していましたが心配は無用でした。
このチンチラはとても人なつこくて、誰にでも足元にすり寄って来てベタベタします。
だから近所の人みんなが知っていて、可愛がっています。
しかし・・・こいつはなかなかの悪なのです。
もともとこの辺に住んでいる野良猫や飼い猫が、大人しく寝ていたり、フラフラしていると、飛んで行って虐めるのです。
相手は子猫だろうが、年寄り猫だろうが容赦しません。
昨日も家の庭で、猫の暴れる声がするので
『またチンチラが弱い者イジメしてるんじゃん』
と外を見たら、チンチラが痩せこけた若い野良猫を追い詰めてイジメてました。
この野良猫は最近どこからか流れて来た流れ者の野良猫です。
『やっぱりイジメてる。こいつにはきっと黒い血が流れてる』
と私が言うと
『確かに・・・』
と息子も納得していました。
丸刈りにされてもよそ者を追いかけ回しているので多分寒くないでしょう。

アニメーターはつらいよ41

アニメ

お知らせ
4月21・22日に産業商工会館でフリーマーケットがあります。
阿佐ヶ谷在住の方、お近くにお住まいの方、是非遊びに来て下さ~い。
模擬店やアニメの上映もあるそうです。
産業商工会館は阿佐ヶ谷駅から徒歩5分くらいの中杉通りの脇に入ったところにあります。
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前回はフリーアニメーターになって悲惨な生活をしていたと言うお話でした。
この頃の体重は、私の人生の中で一番少なかったかもしれません。
最低の時で38㎏多くて40㎏くらいしかありませんでした。
ろくに何も食べていなかったせいもありますが、足立区の実家で大事件が起きていたり(この話題はMADE IN 足立の中で追々お話します)泥沼の恋愛があったり、寺島純子風に言う不幸のズンドコだったわけです。
心配した阿佐ヶ谷在住のアニメーターの友人が遊びに来たついでに食べ物を恵んでくれたりもした。
友人『あんた本当に死ぬからね』
私『大丈夫だって。健康だけが取り柄なんだから』
友人『○○社の外注だったNさんのこと覚えてる?』
私『締め切りが近くなると突然行方不明になって動画放棄したNさんでしょ』
そうです。この『アニメーターはつらいよ』の中にも3回ほど登場したNさんです。散々私たちが迷惑を被った動画マンのNさんです。
私『Nさんがどうしたの?』
友人の次の言葉に私は絶句しました。↓

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友人『あの人亡くなったんだよ』
私『えぇ~!!何で?!嘘でしょ』
友人『ホントだよ』
私『まさか・・・自殺とか?』
友人『餓死だって』
私『餓死?!!!』
友人『連絡がとれなくて弟さんが部屋に訪ねてみたら、トイレで座ったまま亡くなってたんだって』
私『・・・・』
友人『だから、あんたも心配なの。これじゃ餓死しちゃうよ』
精神的に病んでいる方だったので、真っ先に自殺が頭に浮かんだけど、このご時世で餓死なんて・・。
さすがにこの話を聞いてちょっと怖くなり、父の愛人宅にあったボロい小さな冷蔵庫を譲ってもらうことにした。
広い台所にポツンと小さな冷蔵庫を置いたが、結局、いつも中身はカラっぽだった。

阿佐ヶ谷よだろくの店じまい

アニメ

お知らせ
4月21・22日午前10時から産業商工会館でフリーマーケットをやります。
なるべくたくさんの方に来てほしいので阿佐ヶ谷在住の方、お近くにお住まいの方、遊びに来て下さい待ってま~す。
産業商工会館は阿佐ヶ谷駅から中杉通りに出て徒歩5分くらいのところにあります。
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阿佐ヶ谷のパールセンターにある『よだろく』と言うお店が閉店しました。
この店は1階が雑貨売場で2階には家具を扱っていて、阿佐ヶ谷のイメードにピッタリの品の良いお洒落なお店でした。
22年前、阿佐ヶ谷で一人暮らしを始めるためにいくつかの家具を買いました。
大夫あちこち傷んでますが、今も大切に使っています。
30歳の時に買ったワードローブは、たまたま『よだろく』で家具を見ていた時に一目惚れしてしまい(当時確か18万円)なけなしの金をはたいて買いました。
大好きな大好きなデザインで、一生大事に使いたいと思って貧乏なのに衝動買いしました。
阿佐ヶ谷の商店街も古いお店が軒並み店じまいしていて、店じまいの文字を見ると寂しくなります。
と同時に、店じまいの文字に自分自身が重なってしまうんです。↓



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どの店も、出来れば店を続けたいが、商売が成り立たない、時代の流れに逆らえないと言う事情のようです。
私も自営業で27年間アニメーションをやってきました。
辞めよう辞めようと思いながら、けじめが付かないままここまで来てしまいました。
以前は国内で作画しきれない動画を韓国や中国にまいていたのが、現在は韓国や中国にグロス発注しています。
すると国内の動画は、韓国や中国に出せない高度な作品や特別な手法で作画する作品など限られた仕事になってきているのです。
ですから、昔のように『ぼのぼの』とか『ガタピシ』とか気の抜けたテレビアニメを楽しみながら作画するということは皆無です。
安い単価の仕事を緊張しながら描く、辛い作業の連続です。
先日もスタジオの社長に
『引退したいと思っているんですけど』
と相談すると
『今やめられると次の作品を描いてくれる人がいなくて困っちゃうんだよね。何とか、もうしばらく!お願い!』
と言われ、結局スパッとやめることができませんでした。
生活のことを考えるとアニメは続けなくてはいけないんだけど、シナリオを書くことに集中したいんです。
アニメには何の未練もないので、シナリオで食べていけるものなら今日すぐにでもシャッターを閉めて『店じまい』したい私です。

あさがやたがやせ其の四

農業&ガーデニング

まゆみのアメリカ生まれの杉並育ちアビオス実験栽培
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4月7日に宮前農園でアピオスの植え方の講習を受けて、4月8日に私の担当する浜田山農園に種芋を植えに行きました。
植える前に『なみ板』を入れる作業があるのですが、講習ではいとも簡単に鍬が入りあっと言う間に作業が終わっていました。
さて実際自分の畑に鍬を入れてみたら土が堅くて、とてもすんなり出来る作業ではありません。
と言うのも前日見た宮前の農園は、すでに耕されて堆肥まで入っていて土がものすごく軟らかかったのです。
私たちの畑も草取りをしたときに何度も土を掘り返して土に空気を入れたつもりだったのですが、もともとあまり状態がいい畑ではなかったので、カチカチだったようです。
相棒のTさんとゼーゼー言いながら作業していました。
あちこち歪んでしまいましたけど、ご愛敬ということで、約1時間かけてなみ板を入れる作業が終わりました。↓

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後は肥料を撒いて土と混ぜ、うねを作って種芋を植えました。
種芋はなるべく大きいものを植えた方が良いと言うアドバイスがあったので、種芋の大きさを振り分けました。
育ち方が分かりやすいように、大きさ順に4つのうねに植えました。
2時間くらいで全ての作業が終了。
日曜日だったので、他の畑にも大勢の方が畑の手入れに来ていました。
我が家の近くの保育園の先生や、何人かの方とも顔見知りになり、アピオスの宣伝もしっかりしてきました。
Tさんが旅行に行った長野で取ってきた『ふき』で『ふき味噌』をたくさん作ったらしく、『口に合うか分からないけど食べてみて』とわざわざ瓶に入れたものを下さいました。
さっそく夕飯の時に食べてみたら、『美味しい!!』食わず嫌いの息子も一口食べてすっかり気に入って喜んで食べていました。
Tさんお袋の味ありがとうございます!!

MADE IN 足立39

連載物語 MADE IN 足立

昭和43年-西新井~五反野間を高架にする工事がはじまった
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1年生の時から仲良しだった、幼なじみのM君は私と家庭環境が似ていて、時々双子みたいだねと言われた。
M君は美人のお姉さんが4人いる末っ子で、その頃すでにお父様は他界されていて女の中で育ったせいか、とても優しい少年だった。
私は5人姉妹で後に弟が生まれて、その後しばらくして父を亡くした。
環境が似ていても性格は間逆で、優しいM君と違って私は乱暴で、男の子から恐れられていた。
当時はオカマという言葉がまだなかったので、私は『男おんな』M君は『女おとこ』と言われてからかわれていた。
休みの日には男の子を引き連れて遊びに行く私を見て
『お前が男だったらなぁ』
と父がよくボヤいていた。
動物虐待が少年犯罪の兆候と言われている昨今、あの頃は生き物を酷い目に遭わせていた。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい↓

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前にも書きましたが、お菓子の箱一杯に芋虫を捕まえて、田舎のばぁちゃんに叱られたり。
虫取り網でトンボを獲ると羽根をちぎって
『ほらブローチだよ』
と言って胸に付けて喜んでいたり。
カエルを捕まえて、皮を剥いてみたり。
公園の砂場を占拠して毛虫の王国と言って町を作り、バケツ一杯に毛虫を捕まえて来て、その毛虫を砂場に放した。
しばらくその様子を見て楽しむと、バケツに水をくんできて、
『毛虫の王国が洪水だぁ!!』
と言ってこのバケツの水を流して喜んだりしいた。
本当に悪気はなかったんです。
今みたいにオモチャがあるわけでもないし、子どもの見るテレビもなかったし、周りにある手っ取り早く手に入るもので遊んでいただけなんです。
今は心の底から反省してます。子どもたちにも
『生き物を大切にしないといけない。命を大切に・・』
と話てきかせますが、
『お母さんが言っても説得力ないよ』
とたしなめられます。
誰しも子どもの頃に、こんな遊びをしているものだと勝手に思い込んでいて、社会人になって
『小さい頃、よくこんなことしてたよねぇ』
と話すと
『そんな遊びしたことないよ・・・』
とドン引きでした。
どうも足立区の梅島の本当にごく一部の子どもしかやっていなかったようです。


スーツアクター体験だ!!

未分類

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ジャ~ン!!何を隠そう、この着ぐるみの中に入っているのは私です。
一度でいいから着ぐるみを着てみたいと言う希望が叶った1日でした。
息子の保育園のバザーの時の催し物として、レンタルの着ぐるみを着ることが決まって、希望者が全くいない中で
『はい!はい!私が入ります!!』
と喜んで入ることを私一人希望しました。もう一つの着ぐるみは誰も希望者がいないため、他のお母さんのKさんが仕方なく入りました。
この着ぐるみは当時爆発的に流行った、『お魚天国』のキャラクター着ぐるみです。
確か、練り物メーカーが無料で貸しだしをしていたと思います。
小さい頃から『スーツアクター』にもとても興味があって、『スーツアクター』をテーマにシナリオを書きたいと思っているくらいで、過酷な仕事だと知っていても、経験してみたいと思っていました。↓

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着替え用の部屋でKさんとさっそく着ぐるみを着てみることに。
私は女の子のサカナ。Kさんは男の子のサカナに入りました。
中は通気性が悪くムンムンしています。確か季節は秋頃だったと思いますが、着ぐるみの中はサウナでした。
『お~!これがあの有名な着ぐるみサウナ地獄』
と、苦しいけど楽しみながら表にでました。
表に出たと途端、子どもたちが一斉に飛びついてきます。
外を見るスペースがあるのですが、全然周りの様子が分かりません。はっきり言って用をなしていません。
フラフラしなが取りあえず、あっちに行ったり、こっちに行ったり、手を振ってみせたり、
『みんなにどう見えてるのかな?こんな小芝居でいいのかな?ディズニーランドのスーツアクターの人を尊敬するよ』
とか独り言を言いながら役目を果たしました。
興奮している子どもの中には必ず、蹴ったり殴ったりしてくる子がいます。
『こら○○!蹴るな!お前あとで覚えてろよ!』
着ぐるみの中で暴言を吐いている私でした。

空手の大会がありました

子育て&学校

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毎年、春と秋に空手の大会があります。
秋の大会は組み手と形がありますが、春は組み手だけなので少し気が楽です。
前にも書きましたが、家の子どもは私のお腹の中に『闘争心』を置き忘れて生まれて来たので、いつも試合はボロ負けです。
すごく頑張って1回戦勝てる程度の実力です。
分かっていても親の方は、息子の順番が回ってくると心臓が押し潰れるような気持ちで、目を開けていられないくらいドキドキ。
ビデオとカメラを持って行っても、いつも手が震えて結局ほとんど撮影てきていません。
今日も1分以内に5-0でボロ負けの結果でした。
それでもうちの空手の会はみんな優勝圏内に入る強い子ばかりなので、助かっているのですが、今回は強豪揃いのはずの5年生が全敗で、優勝者がでないんじゃないかとハラハラしました。でも↓

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他の子どもたちが頑張ってくれて、2年生の部、6年生の部、中学生男子の部で3名の優勝者が出てくれて安心しました。
自分たちのためと言うよりも、老体にむち打って指導して下さっているおじいちゃん師範を喜ばせてあげたくて、みんな頑張っているんです。
うちの娘は10年前小学校1年の時から指導して頂いていて、会では一番の古株になってしまいました。
孫のように可愛がって頂いて、
『先生は○○ちゃんの結婚式まで頑張って長生きするからね。必ず結婚式に出席するから。その時は、○○ちゃんが夜の学校のトイレが怖いって言って、毎回トイレまで付き添ってあげたことを話すから』
これが先生の口癖です。
その頃息子はまだ赤ちゃんで、おんぶしながら娘の練習に付き添っていました。
息子も保育園から指導して頂いて今年で6年目になりました。
試合で勝って先生を喜ばせてあげられないにしても、なんとか自分の身を守れる程度まで強くなってもらいたいものです。

アニメーターはつらいよ40

アニメ

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フリーになってからの不規則な生活は本当に酷いものだった。
スタジオに行っていた頃も、けっして規則正しい生活をしていたわけではないけど。
終電まで働き家に帰って仕事をして、3・4時間睡眠をとって通勤電車に乗り、またスタジオに行っていた。
それでも朝起きて電車に乗り、駅前のリトルマーメドでパンを買い。スタジオで食べて、昼は仲間とランチ、夜も仲間と食事に行き、朝と昼と夜の区別がついていたのだ。
ところがフリーになって仕事の量のせいもあるが、時間が惜しくてとにかく外に出ない。
徒歩数分のところにあるコンビニに買い物にも行かず、24時間のうち3時間くらいの睡眠以外はほとんど仕事をしていたのだ。
ただひたすら水だけ飲んでいる時もあった。↓

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フリーになったと同時くらいに一人暮らしを初めて、冷蔵庫もテレビも電話も何もなくて、仕事机と布団だけの部屋で、小さな携帯ラジオだけが1日中流れていた。
やはり、フリーのアニメーターになった友人が同じ阿佐ヶ谷に住んでいて、ちょこちょこ遊びに来ていた。
ヘロヘロになっている私を見て、
『あんた、ちゃんと食べてるの?』
『買い物に行ってる時間がないから』
と言うと呆れていた。
たまに実家に帰ると『食いだめ』と言って、吐きそうになるまで食べ捲った。母が心配して、
『お前は面倒臭がりだから、何も食べてないんだろ』
と言って紙袋一杯に食料を入れて渡してくれた。
『帰ったら、これを食べなさい』
アルミに包んだ大きなおにぎりを渡してくれた。
帰りの電車の中で、その包みを見て泣けてしまった。(昭和か!!)
はい、昭和です。昭和62年頃の話ですから。
植木さんじゃないけど、これで体にいいわけないですよ。
当然、体を壊しました。

セクシーボイスアンドロボ?

シナリオ&映画&ドラマ

これは息子がハマっているカミロボ
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娘が大好きな松山ケンイチ君の出演している『セクシーボイスアンドロボ』と言うドラマをご存知でしょうか?
この間、1話が放送されましたが、阿佐ヶ谷のあたりで撮影をしているらしく、阿佐ヶ谷の見慣れた景色が映っていました。
『そんなぁ~いつ撮影したのぉ~マツケンが阿佐ヶ谷に来たなんて~』
と娘は地団駄を踏んでいました。
で、私が先ほどブラブラ阿佐ヶ谷の本屋さんに行くと、噴水広場のところで撮影をしていました。
いつもなら興味がないので通り過ぎてしまうところですが、もしかしたら『セクシーボイスアンドロボ』の撮影かもしれないと思い、お上りさんみたいで恥ずかしいと思いながら様子を見ていました。
ベンチで雑誌を読んでいるふりをしながら、しばらく様子を見ていたら本当に松山君が登場して芝居をしていました。
娘には申し訳ないけど、スゴイ至近距離で松山君を見ました。
『お母さん、もしも阿佐ヶ谷で撮影しているところに遭遇したら必ず写真撮ってきてね!!』
と、娘に毎日のように言われていたので、もう恥を忍んでデジカメでこっそり撮りました。
そしたら、怖そうなスーツ姿の澄ましたスタッフの女性に『写真撮影はしないで下さい』とクールに叱られました。
怒られたけど娘のために母は頑張りました。
でも、ルールを破ってごめんなさい↓

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実は11日にも阿佐ヶ谷のパールセンターで撮影をしていました。
1時過ぎ頃、娘と歩いていたら撮影隊の人が大勢いて、撮影の準備をしています。
『お母さん!どうしよう!マツケンの撮影かも!』
娘は興奮して鼻息も荒く
『ねぇ、セクシーボイスアンドロボの撮影なのか聞いてみてよ』
と私に言います。
『自分で聞きに行きなさいよ!あんたファンなんでしょ。じゃ聞けるでしょうがぁ』
娘は引っ込み思案な子なので、諦めるかと思いきや、本当に聞きに行きました。
戻って来た娘は、
『違いますって言ってた。でも、きっと嘘だ。人だかりができないためにあのおじさん嘘ついてる』
結局、娘はマツケンが来ると信じて残り、私は一人で買い物をして家に帰った。
しばらくして、娘から電話。
『マツケンの撮影じゃなかった。モー娘の撮影だったみたいでモー娘全員来てた』
『撮ったの?』
『なんかねぇ、モー娘怖かったよ。とてもシャメ撮れる雰囲気じゃなかった』
それから、連日、学校から帰って来る4時頃に阿佐ヶ谷駅から娘の電話がある。
『お母さん!!駅のとこで撮影してるんだけど、マツケンかなぁ』
だけど空振りなのだ。
娘よスマン。母の方が先にマツケンに遭遇してしまったよ。

あさがやたがやせ其の三

農業&ガーデニング

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4月7日にアピオスの植え方の講習がありました。
ここ(写真)は農援ボランティアの実習で同じ畑に通っていたNさんの担当する畑です。
すでに耕されていたので、畑の仕切になる『なみ板』を入れる作業を教えてもらいました。
畑の周りを30㎝くらい掘って、なみ板を入れます。30㎝差し込めは十分だと言ってました。
本来自分の畑を持っている人は、こんな手間の掛かることをする必要はありません。
しかしここは区民農園なので、芋が地面の中で広がって隣の畑に伸びてしまいます。
当然、作物の迷惑になってしまうので仕切をしなくてはいけません。
後は、肥料を蒔いて土と混ぜ、1メートル間隔にうねを作って、20㎝間隔くらいに種芋を植えます。
深さはあまり深くしないで3㎝くらいに植えて、最後に軽く土をかけてあげてお終いでした。
この後、収穫まで追肥の必要もなく、害虫もほとんどつかないので、防虫の必要もありません。なかなか手間の掛からない賢い作物です。↓

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この作業を他の参加者もメモをとったりして見ていました。
Nさんは、自分の畑なので鍬を持って汗だくで作業していました。
Nさんの年齢は、たぶん推測すると、60歳から70歳の間くらい。
おばちゃんのTさんが
『Nさんあまり無理なさらないで、少し休んで水分補給した方がいいですよ』
と声をかけた。それに答えたNさんの一言に一瞬おばちゃん達の表情が凍りました。
さて、何と言ったでしょう。当てられたあなたはスゴイ!!
『ん?水分補給?じゃ終わったらオッパ○ちょうだい!!』
オイオイNさん、それセクハラですよ。
その場にいた女性は全員無言になりドン引きでした。
Nさんは実習に行っていた頃も、そういう発言が多くて、それでもみんな大人なので笑って濁していました。
元気で陽気で悪いおじさんじゃないんですけどねぇ。
昨日もNHK熊本の局長がセクハラで・・と言うニュースが出てましたが、どうもおじさんたちにはセクハラが浸透していないみたいですね。
うちの息子は5年生ですが、私がふざけてズボンをおろしたり、しもネタを言ったりすると、
『お母さんそれはセクハラだよ』
と注意します。今の子はセクハラが分かってるんですよ。
おじさんたちも学習しないといけませんねぇ。

MADE IN 足立38

連載物語 MADE IN 足立

この道の向こうは五反野だぁ!
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現代の子どもたちは気の毒だけど、私の小さい頃は、塾や宿題がなかった。(一応、そろばん塾と英語塾に行ったけど、それでもやっぱり時間はあった)
んなわけで、寅さん同様、お金はないけど時間がたっぷりあったのだ。
ドブの魚を捕ったり、原っぱに基地を作ったり、怒られても怒られても近所の駐車場のダンプの上に乗って遊んだりしていた。
小学校の低学年の頃は、泣き虫で大人しい子だった私が、高学年になるに従って、体も態度もデカくなり、男の子をぶっ飛ばしていた。
喧嘩になると手よりも先に足で蹴る癖があって、担任からも『お前は足癖が悪いなぁ』と呆れられていた。
女の子の遊びをするのは苦手で、汚いことと、危ないことが大好きで、
虫は手づかみ、どれだけ高いところから飛び降りられるか、何て無茶苦茶なことをしていた。
こんな私を男の子たちは『男おんな』と呼んでいた。↓

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木登りを男の子たちと競い『ここまでおいで』と挑発したら、男の子の方が木から落ちて腕を骨折していた。
随分危ないことをして遊んでいたけど、擦り傷程度でケガや骨折をしたことは一度もなかった。
そんな私でも怖かったものがある。
近所に大きな水槽があって、その水は真っ黒で中に何がいるのか謎だった。聞いてみると、中には雷魚という魚が入っているという。
雷魚というのは、見た目が蛇に似ていることから英語でスネークヘッドと呼ばれていて、口が大きく淡水魚のギャングとも呼ばれている。
蛇の姿をした魚と聞いたら、子どもたちの妄想は膨らみ、頭の中では凄い生き物を想像していた。
一度でいいからその姿を見てみたくて、毎日飽きもせずに男の子たちとのぞきに行った。
『人間の指も食いちぎる』と脅かされていたので、度胸だめしに水面にどこまで手を近づけられるかとか、水槽に手を入れることができるかを競ったけど、さすがに手を入れられる奴はいなかった。
一度だけ背びれが水面にサァーと出てきたのを見た時はオシッコをちびりそうになった。
結局、見たのは背びれだけで全体の姿を見ることは出来なかった。

まずは実体験

未分類

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これは昨年『自衛隊体験』に参加した時の写真です。
このヘリコプターCH-47Jで、50人乗りで輸送用に使われるヘリコプターということで、結構大きいヘリでした。
それなりに揺れるので、後半ちょっと酔いました。
自衛隊や日本の防衛問題を知るため・・何て、頭の悪い私が考えるはずもなく、とにかく直接そこへ行って、何をしているのか見てみたいという好奇心で参加しました。
農業のことも間伐のことも、何でもそうですが、本や情報だけで実態を感じることは、なかなか難しいと思うのです。
そのものを触ったり、匂いや空気を感じたり、そこで働いたり生きている人と話をすることで、本当に自分のものになる気がします。
昨年行った『松代大本営地下壕』も、あの暗闇と寒さは、それまで生きてきて感じたことのない体験でした。
『男たちの大和』を見て、息子が
『絶対戦争は起きてほしくない。僕は戦争で戦いたくない』
と言ってました。

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CH-47Jから見た景色
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息子には、体感することが一番大事と話しています。
実際、松代大本営や朝霞駐屯地などにも連れて行きました。
たぶん、家でゲームしかしていない子どもよりは、戦争についてリアルに何かを感じてくれたと思っています。
話は少しずれますが、『命の大切さ』と言うのを学校では沢山のプリントにして子ども達に渡してくれますが、はっきり言って子どもは読みません。
娘は『こんなのみんな読むわけないじゃない。紙の無駄だよ』
何て言ってます。
我が家では、常に何種類かの生き物を飼っています。
ハムスターは2年くらいが寿命ですが、金魚なんて結構長生きなんですよ。どんなに小さな生き物でも、一緒に暮らした仲間ですから、死なれた時は辛くて哀しいものです。
プレントに書かれている文字より、確かな体験が子どもたちの胸の中に残ってくれると信じたいです。

入学式がありました

子育て&学校

今日は娘の高校の入学式でした。
下の写真は東京ドームです。何で東京ドーム?と思われるでしようが、学校の前が東京ドームなんです。
前にも書きましたが、私はどうも『椅子に座ると寝る』という、条件反射があって、先日の卒業式でも爆睡してしまいました。
今日も入学式の会場で、隣りの席のお母さんと話をしていて
『私は学校の行事でも映画を観ても舞台を見ても寝ちゃうんですよ。娘や息子にどつかれて起こされるんですけど』
と、先に報告していました。
そして式が始まり、今日は調子良く頑張って起きていたのです。新入生代表宣誓までは・・。
しかし、校長式辞のあたりから急に眠気が襲って来て、気が付くと爆睡していました。
『○○さん、式が終わりましたよ』
と隣りのお母さんが起こしてくれました。
誰か、大事な席で起きていられる方法を教えて下さ~い!!
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隣の席にいたMさんは、招集日に娘が一番最初にお友達になった女の子のお母さんです。
式が始まる前に雑談をしていたら
『○○さんは血液型はB型かAB型ですか?』
と聞かれました。
実は私はA型なのです。でも何故か、必ずと言っていいほど、『B型ですか?』と言われます。
なんでなのかなぁ。私は地味で、時間に正確で、細かくて、典型的なA
型だと思うんですけど・・。
 
話は違いますが、昨日、髪を染めました。
白髪染めのCMを見ると『白髪も染まる』と言ってますが、全然白髪が染まらなくて仕方がないので、今まで抜いていました。
『お母さん、うんと明るい金髪みたいのにしなよ』
と娘に言われて、試しにやってみました。
そうしたら、すっごい金髪になってしまいました。
確かに白髪が分かりません。しかし、土田アンナか菊池凛子みたいな金髪になっちゃったんです。
おかげて、入学式に着ようと思ったワンピースは髪の色に似合わないので慌てて別のスーツを着て行きました。
『B型ですか?』と聞かれたのは、これも原因かも。こんな金髪のお母さんいませんでしたから。
入学式が終わってから染めれば良かったとちょっと後悔しました。

アニメーターはつらいよ39

アニメ

地球を守るガッチャピン!!
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1986年下請けスタジオ1年、制作会社7年、計8年間、全くアニメーションのことを何も知らない、専門学校にも行っていない私に大勢の先輩アニメーターが一人前になるまで教えて下さいました。
K監督さんの勧めで8年目にして、私はフリーのアニメーターになりました。
仕事をどう取っていいのか、どうしていいのか、全く先のことは考えないで、とにかく、K監督さんが手がけている新番組を制作しているスタジオの仕事を請け負うことになりました。
当時は、アニメバブルと言われた時期で、アニメ番組が異常に増えて、仕事は山積みなのに、描き手が足りなくて大変な時期でした。
現在のように韓国や中国に仕事を出していなかったので、国内だけで必死に間に合わせていたのです。
ですから、フリーになって仕事の心配をする必要などなくて、逆に体を壊すほど、仕事を抱えてしまうことになりました。

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8年間のアニメーション生活で、それなりに人脈も出来ていたので、その方たちが口コミで私を薦めてくれました。
全く知らないスタジオから『○○さんから聞いたんですけど』と仕事の依頼が次々に来ました。
当時は、イラストレーターの尾崎真吾さんのアニメから、大・中・小のスタジオ約10社くらいの仕事を請け負っていました。
どうも貧乏性なもので、断ったら悪い気がして、次々に仕事を請けて、自分の首を絞めていました。
机の上は、仕事が山積みで、締め切りの早いものから、どんどん仕上げて、描いても描いても、また次の仕事が来るので、仕事の山は永遠に変わらない感じでした。
3・4時間仮眠して、他はずっと仕事をしている状況が随分続いたと思います。
『ハートカクテル』『ドリモグだぁ』『オズの魔法使い』『アニメ80日間世界一周』『15少年漂流記』『小公女セディ』などやっていた時代です。やっぱり日本アニメの仕事が好きでした。

あさがやたがやせ其の二

農業&ガーデニング

アメリカ生まれの杉並育ちアビオス
雑草とる前
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雑草取った後
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取れた雑草
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昨日、浜田山農園に行って雑草を取って来ました。
最初見た時は、一面の雑草と堅そうな土に、少々引き気味でしたが、いざ鍬を入れてみると、とても土が柔らかくて安心しました。
しかし、安心したのもつかの間。雑草の根は深くて掘っても掘ってもまた雑草が出てきて、やっぱり大変でした。
2時間ほどかけて、全ての雑草を取りました。一番大きいゴミ袋に4つも。
農園に置いて行ってはいけないので、自転車に積んで持ち帰り、持ち帰れない分は今日の午後、もう一度行って作業の帰りに持ち帰ります。
道路沿いの畑なので、ゴミが沢山投げ捨てられていました。そのゴミだけでも一袋ありました。
汚い袋があったので持ち上げてみたら、冬眠中のトカゲ君がいました。

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2時間バッチリ働いたので、家に帰る頃には、腰に異常が・・。
完全に腰にきました。動きがロボットのようになりました。
シップを張ろうと思ったら、薬箱にシップがない。
買い置きしていたシップをいつの間にか誰かが使い切っていました。
『このままシップもせずに寝たらお母さんは夜中に泣くぞ。お母さんはお風呂に入ったばかりだし、買って来て』
と言うと
『自分で行きなよ』
と娘に冷たく言われました。
仕方なく、洗い髪のまま近くの薬屋さんに自分で買いに行きました。
今日、宮前に実習に行ったら、
『すぐに腰に来るなんて若い証拠よ。年取ると3日くらいたって来るんだから』
とみんなに言われて、
『そうか、若い証拠か』
と嬉しくなった単純な私でした。

MADE IN 足立37

連載物語 MADE IN 足立

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写真は軍鶏(シャモ)の中雛くらいのやつ。首の長いカラスみたいな感じで、まだまだ大人しく人を襲ったりしない。
成鶏になると綺麗な羽根になる。

家から梅島駅に向かう途中に釣り堀があって、よく職人さんに連れて行ってもらった。
5歳くらいの時、この釣り堀に落ちて溺れたことがあった。それ以来水が怖くてプールが苦手になった。
私がカナヅチになったのは、その時のトラウマだと思う。
その釣り堀では、死にかけた鯉や、病気の鯉や金魚を大きなドブに捨てていた。
前回、家の前の大きなドブの話を書いたけど、そのドブの流れは釣り堀方面から家の方に流れて来るので、たまにドブを覗いていると、汚いドブに赤や綺麗な模様の鯉や金魚が泳いでくる。
もう、嬉しくなって家から網を持って来て捕まえていた。
元々弱っているやつなので、すぐ死んでしまうと分かっていても、子どもは捕まえたいのだ。

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小さい頃はとっても大きいドブだと思っていたけど、写真を改めて見てみるとそんなに大きい感じはしませんね。(写真は前回のMADE IN足立に載っています)
やっぱり体が小さかったから大きく感じていたのかな?
それでも自分の身長より深いドブでしたから、よく落ちて死んだりしなかったと関心します。
自分の子がもしも同じことをしているのを目撃したら、気絶してしまうかもしれません。それほど危険な行為でした。
当時の親は子どもをほったらかしでしたからね。
特に家は姉弟が多かったので(それも全員女)一人くらい減っても、まだ5人も残ってるという安心感があったのかもしれません。
それにうちの母は『また生めばいいや』と余裕があったと思います。
ドブで魚捕りもそうですが、あの頃は、寅さんじゃないけど、お金はないが時間はたっぷりありましたから、子どもたちは知恵を働かせて遊んでいました。

前世はあるのでしようか?

子育て&学校

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これは息子の趣味のお面です。
物心ついた時からお面が好きで、保育園の頃も図書館で能面の本を借りたりして眺めていました。
私も好きと言えば好きな方で、いくつかお面を持っていますが、息子には勝てません。
以前から買って欲しいとせがまれて、8歳の誕生日に買ってあげたと思います。なぜか誕生プレゼントが天狗と般若と翁(おきな)変わってますよね。
息子はとっても恐がりで、今だに夜一人で二階にあがることも一人で眠ることもできません。
なのに!このお面を一番自分が見やすい場所に飾っているのです。
寝ている真上に天狗と般若と翁にきつねさんですよ。不気味だと思うんですけど、息子いわく
『これを見ていると落ち着くんだ』
?何で??
前世で能に関係ある仕事をしていたのか、お面職人だったのか、とっても不思議です。

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このお面は阿佐ヶ谷のパールセンターの中にある『ねじめ』さんで買いました。
息子がお面を選んでいると、奥さんが
『お面が好きなんですか?』
と聞いて来た。
『誕生日のプレゼントに買って欲しいと前からせがまれていたので、買いに来ました』
と言うと
『えぇ~。珍しい趣味をお持ちの息子さんですね』
と感激された。
天狗と般若はどうしても欲しいと言って決まったが、翁も欲しいと息子が粘った。
3つのお面を買うと結構高額になってしまうので、クリスマスプレゼントに買ってあげると、説得していました。
その様子を見てた奥さんが、奥の倉庫から箱を持って来て、
『僕、これでよければどうぞ』
箱を開けると翁のお面が入っていた。
『入荷した時に鼻のところが色がはげていて、売り物にならないから倉庫にしまっていたの。これでよければどうぞ』
何と、ただでくれたました。
息子は大喜びで3つのお面を大事そうに抱えて家に帰り、自分の一番見やすい場所に飾ったわけです。
『ねじめ』の奥さんありがとうございました。
今度は白い般若の面が欲しいし言っているので、クリスマスにでも買いに行きま~す。

阿佐ヶ谷の猫のふーちゃん

動物&昆虫

さよならふーちゃん
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娘がパソコンを見ていて、
『ねぇお母さん。パールセンターの化粧品屋さんのとこの猫ってふーちゃんて言うの?』
『いつも見てるけど名前は知らないねぇ』
『まさか、あの猫のことじゃないよね。死んじゃったんだって』
『えぇ~!!!』
そんな馬鹿な、つい先日見かけたばかりだったし、とくに変わった様子は全くなかったはず。
『きっと別の猫だよ。あのあたりにはたくさん猫がいるから』
阿佐ヶ谷の商店街には三毛猫の『みーちゃん』と言うテレビにも出たことのある有名な猫ちゃんがいる。
みーちゃんは私が阿佐ヶ谷に住みはじめた頃から見かけていたので多分20年は生きていると思う。
息子もすごく気にしていて、
『お母さん阿佐ヶ谷に行って確認してみようよ』
というので、昨日行ってみたら、上の写真のような状況だった。

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うかつにも涙が出てしまった。
今まで実は名前をしらなかった。ふーちゃんて言うんだ。
大きくて白くてブルーの目で私は勝手に『おでぶちゃん』と呼んでいたのだ。
パールセンターの化粧品屋さんのところにいる猫ちゃんで、いつもいるとは限らない。
買い物に行った時に見かけた時は必ず撫で撫でしていた。
『この猫は機嫌が悪いと噛みます』と書いてあったけど、噛まれたことは一度もなかった。
みーちゃんほどではないと思うが、ふーちゃんも結構長い間、商店街のアイドルをやっていたと思う。
一匹の猫ちゃんなんだけど、古い友達を亡くしたような気持ちになって泣けた。
たった一匹の猫なのに沢山の人を癒して和ませてくれて、沢山の人に愛されて、忍んでもらえるんですから、ふーちゃんは立派な猫ちゃんでした。
人間の中には凶悪な人や自己中心的な考えしかできない人がいる。
そういう人にはふーちゃんを見習ってほしいですね。
ふーちゃん天国でもダラっとして、みんなを和ませてね。

あさがやたがやせ其の一

農業&ガーデニング

アメリカ生まれの杉並育ちアビオス実験栽培
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日曜日にアピオスの実験栽培をする予定になっている農園に行ってみました。
まずは、近くの浜田山農園に行ってみることにしました。
地図の読めない女とは私のことでして、家からすごく近いところにあるのにも関わらず地図をグルグル回して探し周りました。
その辺にいるおばちゃんに聞いたら
『そこ入って右にあるでしょ』
って、私が通って来た道じゃん。そんなとこに農園なんかなかったぞ。
疑いながら戻ってみると、住宅街に埋もれるように奥の方にひっそりと農園がありました。
私の担当する予定の番号を探して行くと、一番奥のフェンスの前の四畳半くらいのスペースの畑でした。
愕然としたのは一面に生えたボウボウの雑草。役所の人の話では、
『種芋は準備してあるのですぐに植えて下さい』
ということだったので、てっきりすぐに植えられる状態になっていると思っていたのです。
これはまず、雑草を抜いて土を起こす作業をしなくてはいけません。
7日に宮前の農園で植え方の実習があって、なるべくすぐに植えて下さいと言われたけど、あと数日しかないじゃないですか。
近くで作業していたおじいちゃんに『栽培実習』の説明をして挨拶すると
『あんたこれ女一人でやるのは大変だよ。俺がいたら手伝ってやるから何でも聞いてくれ』
と言ってくれました。やったぁ!!助っ人ゲット!!
続いて、下高井戸農園に向かいました。もう迷いに迷って、泣きそうになりながらやっとこたどり着いて現場を見て息が止まりました↓


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とにかくべらぼうに一区画が大きいのです。変な形の区画で細長くだんだんと拡がっている形の畑で、10メートルはあったかもしれません。
そして、雑草はあまり生えていませんでしたが、土がカチカチになっていて、やはり全部土を起こす作業をしなくてはいけないようです。
隣りの区画で作業をしていたおばぁちゃんと孫らしき人に挨拶をして、事情を話すと
『絶対無理ですよ。こんな広いところを一人でやるなんて、ありえませんよ』
と言われてしまった。
浜田山農園くらいなら責任持って2年間できると思うけど、子どもがいて仕事もしている私が2ケ所を掛け持つのは物理的に絶対無理だと思いました。
家に帰って『下高井戸もできるできる』と言い張っていたおばちゃんに辞退することを伝えるために電話してみたら、ご主人が電話に出て『どこかに行っていて、いつ帰るか分かりません』と言われてしまった。
私が辞退するということを伝言して、翌日役所に電話して下高井戸は辞退しますと伝えました。
安請け合いして迷惑をかけられませんからねぇ。
というわけで前途多難な栽培実習がはじまります。
取りあえずこの雑草を取りに、まゆみ!行きま~す!!
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MADE IN 足立36

連載物語 MADE IN 足立

写真の左にあるのが家の前のデカイどぶなのだ
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足立区と言えば『0メートル地帯』
私が小さい頃は、ちょっと雨が降ったり台風なんかが来たら、すぐに雨が貯まり床下浸水していた。
千と千尋じゃないけど、突然家の前が大きな海原になっちゃって、子どもだから『海だぁ!』とか『川だあ!』とか言って喜んで遊んでいた。
今考えると、当時のトイレは汲み取りだったし、家の前に小さいドブ、道路の向こうは大きいドブががあって、それらが全部MIXされていたわけで、大腸菌の海で遊んでいたことになる。
母が言うには
『もしも荒川が決壊したら、千住を守るために西新井の方を放流するんだって。この辺に放流されたら、みんなお陀仏だねぇ』
そんなことはないと思うが、自然災害は起きないに越したことはない。

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家の前のドブと言えば、猫くらい大きさのドブネズミが昼間でも堂々と走り回っていた。
このドブには私も姉妹もよくはまっていた。
だいたい慌てている時に『あ・・』と思った瞬間、十中八九はまっている。
仕方なく庭に回ってドロドロの足を水道で洗って家に上がっていた。
人間もはまっていたけど、飼い猫も何度もはまっていた。
しかし、猫は人間のように足を洗って家に上がるという器用な真似はしないので、ヘドロをつけたまま家に上がって行く。
『まゆみ!!この猫なんとかしなっ!!』
と、飼い主の私が怒られたものだ。
前にも書いたけど、このドブに豆腐屋さんで買ってきた油揚げを姉と揉めているうちに落としてしまい、庭で洗って何食わぬ顔をして、母に渡した思い出もある。
今は悪臭防止とか安全のために、蓋をされていますよね。
もちろん0メートル地帯は変わりませんが、すぐに床下浸水するようなことはなくなりました。

アニメーターはつらいよ38

アニメ

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制作会社に移って7年目。
昼休みの誰もいなくなったスタジオに外注の監督Kさんが、打ち合わせのためにやってきた。
Kさんとは、何度もいろいろな作品で関わっていて、イエス・ノーが、はっきりしていて、作業がスピーディなので、好きな監督さんだった。
コーヒーを入れて応対すると、Kさんが言った。
Kさん『○○さんて、このスタジオでいいように使われているんじゃないの?』
私は、えっ?と思った。自分でも何となく気が付いてはいたけど、指摘されたのははじめてだった。
Kさん『今もみんなが出払ってるからお昼に行かないで電話番しているわでしょう?客が来たらお茶を出して、電話番もして、新人が入れば指導もして、お金は貰ってないんでしよう』
私『はい・・』
Kさん『それは駄目だよ。馬鹿にされていると思わなくちゃ』
それも何となく感じてはいた。客の応対。新人の指導。作画ルームの電話番。消耗品の買い出し。普通、事務の人がやることを私がやっていたのだ。それも無償で。
無償だけならともかく、逆にデスクを使っているということで、毎月3・4万を作画料から引かれていた。
Kさん『このスタジオに何年いるの?』
私『7年です』
Kさん『えぇ~!!一つのスタジオに7年もいる人って珍しいんじゃないの?そんなに長くいる人見たことないよ』
私『よく言われます。辞めてしまう人が多いですからね』
Kさん『○○さんてさ、アニメーションにあまり興味ないでしょ』
聞かれて一瞬とまどった。

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Kさん『実は僕はアニメーションはあんまり好きじゃないけど生活のためにやっているんだ』
私『大きい声では言えませんが、私も元々は漫画家になりたかったんです。でも駄目だったので、取りあえず絵が描ければいいかなぁって感じで』
Kさん『僕も本当は画家をやりたいんだ。でも、画家じゃ食っていけないから好きじゃないけどこの仕事をしてるんだ』
私『そうだったんですか』
Kさん『まぁ、オタクの人とかマニア的な人は現場に入ってもすぐ辞めるって言うからね』
私『だから、一番好きなことを仕事にするなって言うんですかね?』
Kさん『そういうこと。まぁおせっかいかもしれないけど、君ならフリーで十分仕事が出来ると思うから、フリーになっちゃえば?』
フリーになるなんて一度も考えたことがなかった。
私『私にできますか?』
Kさん『仕事なんかいくらでもあるよ。僕が監督する新しいテレビシリーズが始まるんだけど、そこのスタジオから仕事を回してもいいし』
自信なんてまるでなかったけど、その時私も25歳。転換期だったのかもしれない。