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伊賀で阿佐ヶ谷住人と出会う

旅&おでかけ

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昨日、写真を紹介した「天神さん」の名で親しまれる、伊賀市上野東町の菅原神社(上野天満宮)。「ずいぶんきれいで新しいですね」と聞くと、悲しいことに一昨年7月1日の夜、拝殿を全焼てしまったそうです。
昨年9月に再建されました。
この街は歴史のある城下町です。和菓子屋さんも薬屋さんもみんな昔のままの店構えです。
昭和レトロな街としても十分に楽しめると思います。
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参加者たちと散策しながら会話していると、お一人様で参加の若い女性が阿波踊りをやっているという言うではありませんか。「まさか高円寺で踊ったりしてないよね」と言うと「踊ってる」と言います。「どこから来たの?」と聞くと、まさかまさかの阿佐ヶ谷の住人。同じ街から参加していたのです。
彼女はとくに忍者に興味はなく、面白そうだったので参加したそうです。
うーーーん。面白いよねぇ。阿佐ヶ谷の街で何度もすれ違っていたかもしれないのに、知り合うことなどなかったんだよなぁ。なのに、三重県まで来て出会うなんてね。
実はこの後、もっとすごいサプライズな出会いがあったのです。
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左上の写真の文字がおわかりになるかな?これは忍者文字というんだよ。
私は忍者文字学習帳で勉強しているから読めるのさ。「いがくみひも」と書いてあるんだよ。
どうですが、この情緒ある町並み。落ち着くよねぇ。
この日は夏休みの土曜日ですよ。しかし、全くと言っていいほど観光客の姿はなく。閑散としていました。
つうか、地元の人もいない?人が全然街にいないのが寂しい感じでした。忍者の聖地伊賀。その伊賀を盛り上げるお役に立ちたいです。
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黒が着たかったわけで・・・

旅&おでかけ

ビクターの犬も忍者なのだ。
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伊賀上野に到着するとスタッフの方がいらしてみんなでだんじり会館に向かいました。
だんじり会館で受付をして、ここでさっそく忍者衣装に着替えるのですが、ない!私が着たい黒がない!「すみません。黒はないんですか?」と聞くと「申し訳ありません。残った色しかないです」と言われた。
忍者は黒じゃなきゃダメなんだ・・・黒じゃないと・・・。
赤とピンクは絶対着たくない。仕方なく残った水色を選んだ・・。黒が・・・黒が着たい。誰か交換してください。しつこい。テレビや映画で黒い装束で登場しているため勘違いしている人も多いと思いますが、本来の忍者の装束は紺色、濃い茶色、柿色です。
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だんじり会館で挨拶やミーティングを終えてさっそくお昼を食べに街にでます。
全員忍者衣装です。今回のツアーに子供はいませんでした。全員大人。いい大人が忍者衣装で街をかっぽ。実に愉快であります。忍者衣装で過ごすのが夢だったんだよなぁ。夢が叶ったよ。
伊賀牛は、三重県の伊賀地方で育てられている食用の牛で三重県の特産物の1つ。黒毛和種であります。その黒毛和牛を贅沢にも牛丼で頂きます。
たいへん美味しく頂きました。夢の忍者衣装を着て美味しい物を食べる。最高に幸せだね。
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食事を終えてハイトピア伊賀という会館で伊賀の説明を受けました。丁度この日忍者界の神スリーと呼ばれる面々がたまたまハイトピア伊賀に集結していまして、主催者の方が「この3人が揃うというのはすごいことです」と興奮して言うので、ここは抜かりなく一緒に写真を撮った。慌ただしくてメモをしている時間がなくて、果たしてこの神スリーが何者なのか知らずに東京に戻り。調べてみたら愕然とした。お一人はあの有名な黒井宏光様でした。
忍者通なら知らない人はいない、黒井宏光様の忍者本をどれだけ読みあさり忍者を勉強したことか。あぁ・・知っていたらもっとちゃんとお話したかった。サインもほしかった。
右上の写真は伊賀上野城です。一番上の写真は松尾芭蕉像。松尾芭蕉は伊賀出身。松尾芭蕉は実は忍者だったのではないか!というのは有名な話ですが、松尾芭蕉ファンがこれを聞くと憤慨するそうです。禁句らしい。
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「あなたに起こったホラーなできごと」

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こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当山本です今日のテーマは「あなたに起こったホラーなできごと」です。
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ここだけの話です・・・・。シークレットですよ。
我が家の天井裏でまた何者かが死亡しました。
あれは忘れもしない蒸し暑い昼下がり。私は家で仕事をしていました。
ブーーーン。ハエが一匹。「ウザイ・・・とてもウザイ。仕事に集中できないじゃないか」
というわけで殺虫剤で抹殺。って、あれ?たった今抹殺したのにまた一匹ハエが・・・。
そしても次から次から殺しても殺しても、どこからともなくハエ飛んできます。
しばらく部屋の中を観察していると、どうも天井裏から湧いているような。
天井には小さな穴が数カ所にあることに気がつきました。さっそくその穴をふさぐとハエは出てこなくなりました。結局、このときは40匹くらいのハエを抹殺しました。
私の推理では知らない間に天井裏でクマネズミが死亡してウジが湧いたて、ハエの大量発生になったのだと思われます。
天井裏をチェックするのはおぞましいので、だいぶたってからチェックしたら白骨化したやつが天井裏の奥りの方に一匹いました。
で、そんなことを忘れていた先日。部屋の中にハエが一匹。
「どこから入ったんだこのハエめ」殺虫剤で抹殺。そして、またすぐ二匹目がブーーン。
たまたまだろうと、殺虫剤で抹殺。しかし・・・・悪夢は続く。
次から次からハエがわいてきます。「これはあの時と同じ現象ではないか」すぐに天井の穴をふさいだら落ち着きました。今回のはデカイハエです。15匹抹殺しました。
つうことはですよ。天井裏でまた何者かが死亡しているということ。息子に「天井裏確認しろよ」と言うと「絶対やだよ。完全腐ってるでしょ」
確かに・・・マジホラーでしょうね。またしばらくたって確認します。たぶん白骨化したやつが一匹どっかにいると思います。
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この天井裏の奥の方に白骨化した遺体が・・・・。キャーーーーー。

200系201編成祝忍者列車乗車記念日

旅&おでかけ

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実を言うと伊賀に来たのはこれが二度目。去年の2月にラッキーなことに月刊現代農業の「知恵くらべ根くらべ」の取材で伊賀に来ることができたのです。その模様は去年のブログに載ってます。
2月でしたから大雪で電車は止まり。その止まった列車の中で息子からの不合格の受験結果の連絡を貰いました。踏んだり蹴ったりの笑える思い出です。
タイムスケジュールには10時40分の忍者列車に乗るようにと書かれていますが、伊賀神戸までの電車が遅れていたのです。「やばい、10時40分に乗れないかも」伊賀神戸に到着するなり駆け足で忍者列車のホームに向かいました。
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するとどうも同じように慌てている集団が・・・。
それぞれバラバラなのたけど、あきらかに地元の人ではない観光客。そして、この10時40分に乗らねば!!と血眼になって切符を買っている。
みんな乗車して無事に忍者列車は伊賀上野に向かいました。
車両に乗っている人たちはあきらからにこの企画の参加者である。隠しても無駄だ!白状したまえ君たち忍者が好きなんだろ!!しかし、「忍者ツアーの方ですか?」と声はかけにくい。もしも違かったら「何言ってんのこの人」と思われてしまうし。
取りあえず、伊賀上野に着けば真相は明らかになる。
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忍者列車とは、伊賀鉄道伊賀線で運行されているラッピング列車の愛称。松本零士先生がデザインを担当しています。我々が乗ったのはブルーですが、ほかにピンクとグリーンもあります。
忍者好きにはたまらん。パラダイスだよ。駅のホームのあちこちに忍者の人形がぶら下がっているし、中吊りが忍者だぜ。木村拓也の存在なんか薄れるよ。かっこいい忍者の中吊りポスター欲しいよぉ。
松本零士先生のサインが車両に書いてありました。「これはレアだ」「これは撮らねば」とみんなカメラを向けます。
調べてみたら「201号の運転台側乗務員用出入口のドア横に松本零士の直筆サインが書かれている」ということで、我々はラッキーなことにその201号に乗車できたのです。
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これこそが史上最大のハピネスだ!!!!

旅&おでかけ

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人にはどうしても譲れないものというものがある。私が絶対譲れないのは子供のこと。そして、自分の書いたシナリオ。シナリオもまた私から生まれたものなので子供と一緒なのである。
娘と息子の幸せのため、そしてシナリオのためなら、たとえ金がなかろうと南から北までどこまでも行って土下座でもなんでもする。それが私の信念だ。
毎日チェックを欠かさない「伊賀上野観光協会」のHPを見ていたら忍者ツアーソーシャルイベントという文字が目に飛び込んで来た。その瞬間「行かねば」と思った。
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しかし、現在の我が家の家計は火の車である。このツアーに参加するには5万くらいかかる。
「忍者ツアーになど行っている場合か!」「いや、これに参加しなければ一生後悔する気がする」ボケかかった脳味噌で悩みまくった結果、参加することにした。その分、また頑張って働けばいいのだ。こうなったらやけくそだ。倒れるまで働いてやる。
んで、ツアーの申し込みをした。7月20日、現地集合なので伊賀上野まで自分で行く。伊賀上野は遠い、朝4時起きで支度していざ忍者の里へ。
7時10分発ののぞみに乗って名古屋へ向かう。名古屋に到着すると近鉄名古屋に乗り換え。
近鉄名伊乙特急、近鉄阪伊乙特急を乗り継ぎ、伊賀神戸に到着。
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そして、右下の写真をご覧下さい!!伊賀神戸から忍者列車が走っているのです。
去年、取材の時に遠くで車両を見ることしかできなかった忍者列車。その忍者列車に乗れる日が来るなんて夢のようです。
アニメの聖地とか聞くとフンと鼻で笑っていた私ですが、彼らの気持ちが今分かった気がします。
まさにここは忍者の聖地。私にとってすべてが感動の雨嵐なのです。忍者列車に抱きついてチューしたいくらい感激です。
現在ディズニーランドでは30周年記念史上最大のイベント「ザ・ハピネス・イヤー 」をやっていますが、私にとって伊賀は史上最大のハピネス。ディズニーランドに100回行くより伊賀の1回が史上最大のハピネスなのです。
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あく゜りフレンズ・東京2

農業&ガーデニング

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食事の後は井垣さんの圃場に見学に行きました。
雨水を貯めてじょうろで作物に水を撒くというエコというか原始的な作業をしてました。
同じ作物を同じ場所で連作すると多くの場合作物に病気や栄養障害などの障害が発生します。これを「連作障害」と言います。ところが、ここで驚いたのは、自然栽培の場合は同じ場所で同じ場所で繰り返し作るというのです。
農薬、肥料を一切使用しない自然栽培で、有機肥料も使用しません。
種は自家採種で、肥料を入れない畑でできた作物から種を取り、その種をまた同じ畑で使うことで、作物がだんだんその環境に慣れ、年々出来がよくなると言われています。
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農家は虫に悩まされます。これは作物中の肥料成分を虫が好むと言われていて、肥料を使用しないと虫もつきにくいという利点もあります。
長岡コミュニティセンターでは控えめだった井垣さんの奥様も、畑では饒舌でほぼ全部奥様が畑の説明をして下さいました。子育てをしながら農業をやるというのは本当にご苦労なことです。無理せずに体を大切に東京の農業を守って下さいね。
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続いて近藤さんの圃場に移動。こちらでは枝豆を収穫ということでしたが、直売所で大量の野菜を買ってしまったのでこれ以上持っていく自信がないので購入するのをあきらめました。が、なんと、その隣のトウモロコシ畑。トラクターでつぶしてしまうから欲しい人は好きなだけトウモロコシを採って行って下さいというではないですか。「ほとんど実が入ってないと思いますが、それでもよければどうぞ」と近藤さんが言って下さったので、みなさんご存じの欲深いまゆみです。もちろんとらせて頂きましたよ。7本とりました。
左下がそのトウモロコシ。そして右下はグロキシニアというお花です。こちらもご厚意で頂きました。私は花が大大大好きなので本当にうれしいです。
で、帰りのバスで「まだグロキシニアの鉢があるので欲しい方はもう一つどうぞ」と言われ、欲をかいて鉢をもう一つ頂きました。
大量の野菜とトウモロコシと植木鉢2個を担いで新宿から帰りました。阿佐ヶ谷から30分歩いて、マジで涙が出そうなくらい重かったです。でも、目の前に綺麗なお花が並んでいて幸せいっぱいなのでやっぱり貰って良かった。
瑞穂町の皆様、ありがとうございました。大切に大切に育てます。
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コンボイ捜査官はトウモロコシの葉っぱが好きで食べます。なぜか実は食べません。

あぐりフレンズ・東京

農業&ガーデニング

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「あぐりフレンズ・東京」生産者を訪ねて話そう!という企画に参加してきました。
場所は東京都西多摩郡瑞穂町です。新宿からもっこり竹の子観光さんのバスに乗って、あっという間に瑞穂に到着。
到着してすぐになぜか瑞穂経済センター直売所でお買い物。というのもこちらの直売所はとても人気があるので午後に行っても品物がなくなっている可能性が高いので品切れになる前にお買い物をさせて下さったのです。
手作りゆでまんじゅうを買いました。あっという間に最後の一個に。
とても小さな直売所ですが、なんと年間売り上げ1億だそうです。
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お買い物を済ませて長岡コミュニティーセンターに移動。
こちらで新規就農者の方のお話を聞きます。
JAの方は瑞穂を「東京のチベット」と自虐的に言っておられました。陸の孤島?
そんな瑞穂町でありますが、右下の写真のように若い就農者を快く受け入れているのは本当に素晴らしいことだと思います。
結構あちこちに交流訪問に出かける私ですが、やっぱりまだまだ後継者に対する危機感が薄くて、よそ者の就農者を受け入れているというところは大変少ないです。
先日、行った群馬の昭和村も日本各地から若い人たちを受け入れているというのを紹介しました。活き活きと満面の笑顔で農業の話をしている若い人の姿に心打たれました。よそ者を警戒する気持ちは分かりますが、農業を愛する若者はたくさんいます。どうか暖かく受け入れてほしいです。
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で、今回お話をして下さったのは「無農薬、無施肥の自然栽培に夫婦で奮闘中」という井垣さんご夫婦です。無経験で脱サラの井垣さんは夫婦で1年間研修を受けて、研修と並行して行った就農地探しは全国の相談機関を訪ね歩く日々。「島以外で就農は無理」という神話があった東京の相談窓口をダメ元で訪ねたところ熱意のある担当者と巡り会って「東京でも(条件が揃えば)できるよ」と言われ、都初の新規就農者の井垣さん夫婦が誕生したわけです。
ちなみに左下は用意して頂いた昼食です。お米以外は瑞穂町でとれたものです。瑞穂町は農産物は豊富なのですが、稲作はできないので米は他県から購入しているということです。
瑞穂町の主な農産物は東京狭山茶(栽培面積東京都第1位)シクラメン(長岡地区の岩蔵街道沿いにシクラメン農家が立ち並ぶため、シクラメン街道とも呼ばれている)。
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万物固有の老化現象を思い知る日

旅&おでかけ

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ディズニーランドホテルのバイキングレストラン「シャーウッドガーデン」で、職場のY子ちゃんとY君の誕生会がありました。
ヨッシャー!!今日も食べて食べて元取るドォー!!と張り切ったが・・・・。
おかしい・・・食べられない・・・。いつものように皿に乗せたものをペロリといけないのだ。ずっと昔にもあったよなぁ。21年前。友達と旅行に行ってホテルの豪華な食事を目の前にしてほとんど食べられなかった。あの時はつわりだったな・・。
つうことは、つわり?んなわけないだろ!ってそうですよ。もうお婆ちゃんなんだから。
ハッ!お婆ちゃん・・・。
以前、取材で姫路に行ったとき、朝食で老夫婦の旅行客の方と相席させてもらいました。ガツガツ食べる私を見て「うらやましいわぁ。年をとると食が細くなってねぇ。おにぎりを二つ取ったけど、とても食べ切れないわ」とお婆ちゃんが言うので「私も食が細くなりたいです。これなら5個はいける。でも太るから二つでガマンするけど」と言ったら笑っていたのを思い出す。
「食が細くなる」これが、これこそが万物固有の老化現象ですか!!
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特に肉系に対して拒絶反応が出てしまい、お残ししてしまった。一生の不覚。私はお残しするのが大嫌いなのだ。悔しい!!でも、ほんとに食べられない。
ケーキ類もすべての種類を制覇しようとして皿に乗せたが、欲をかくんじゃなかった。最後に皿に残った左下のチョコレートシューが涙が出るほど甘くて拷問のようだった。
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と、言いながら、ゼリーはサッパリしているのでいくらでも入る。結局、15個くらい食べた(飲んだ?)フルーツもかなり食べた。
こんなことならケーキをやめてフルーツを10皿くらい食べればよかったと反省。「食が細くなった」と嘆く私を見たY君が「いつも通りな気がしますけど・・」とポツリ。
フフフフ・・バレてたか。ゼリー15個食べて「食が細くなった」ってことないね。次回は肉系をセーブしてフルーツとゼリーを食べまくろう。ゼリー30個くらいいけるな。
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一度は泊まってみたい。ディズニーランドホテル。

3・こんにゃく作りの講習会と野菜の収穫体験

農業&ガーデニング

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こんにゃく生産日本一が群馬県昭和村だって知ってた?知らなかったなぁ。確かに右を見ても左を見てもこんにゃく畑がいっぱい!!左上の写真がこんにゃく芋畑。これまで様々な場所にいきましたが、こんにゃく芋が生っているのは生まれて初めてみました。この下に芋が眠っているのです。
レタスの収穫と小松菜の収穫もさせてもらいました。
この群馬県利根郡昭和村はレタスやキャベツも有名で、モスバーガーの夏期主力産地として野菜くらぶは活躍しています。モスバーカーのCMもこちらの畑で撮影されたそうです。
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ご覧下さい。右上が去年購入したこんにゃくセット。こんにゃく芋ってこういう形をしているんだよ。
これをボールで練り練りしてるところ。ミキサーが壊れて下ろし金ですったのでかなり荒いのが分かります。
そして、致命的だったのは最後のこんにゃくを手でまとめてお湯に投入するところ。
手にタネがべたべたについてしまうので最初に水をつけてタネを形成するのです。すると、つるつるぴかぴかのこんにゃくが完成するわけですが、この説明書に手に水をつけて形成するという説明がなかったのです。
んなもんで、こんにゃくのタネは手にベタベタに付いて形成できず、やけくそで鍋に放り込んだらこのザマでした。これを見た息子は「岩?妖怪みたい」と言って気持ち悪がって食べてくれませんでした。
「形は悪いが食べるとふつうにこんにゃくだ。美味いぞ」と薦めると「遠慮しておく」と断られた。
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下の写真は今回プロに教わって完成したこんにゃくの田楽です。右は炒り煮です。
今まで手作り豆腐、手打ちそば、いろいろなものに挑戦してきましたが、美味しいものが出来た記憶は皆無です。しかし、今回はウマシ!!!初めて美味いものを作った気がした。
きっとお爺ちゃんも「俺の作ったやつはやっぱりうまい!」と喜んでいることでしょう。野菜くらぶの皆様。本当に貴重な体験をさせて頂いて感謝感謝です。
若い諸君!!頑張ってくれよ!!
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2・こんにゃく作りの講習会と野菜の収穫体験

農業&ガーデニング

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さぁ!!手作りこんにゃく体験の開始だぞ~!
去年、生協で「こんにゃく作りキット」を買って自宅で作ってみたのです。その模様はブログでも紹介しましたが、そりゃもうひどいもんでした。
できあがった物を見て「何この気持ち悪いの」と息子に言われ、仕方なく鍋いっぱいに出来たこんにゃくを私一人で完食した苦い経験があったのです。
いったい私の何が悪かったのか、プロに教わればまともなものが出来るのか検証するための参加でもありました。
まず第一に芋は冷めている状態をミキサーにかけるのが正しいというのに驚いた。作り方の説明には熱々の状態のものでないと固まらないと書いてあったのだ。我が家のミキサーが壊れているのがその場で発覚して、すぐに下ろし金で手ですりました。熱々の芋を「あつっ!あつっ!!」と言いながら必死にすったのに。冷めてていいのかよ。
そして、説明書には「芋の皮をむく」と書いてあったので皮をむきました。でも食べるところがなくなっちゃうじゃん。って感じだったのです。実際は写真では分かりづらいかもしれないけど、皮はむかないでそのまま全部利用するのが正しいそうです。
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これをミキサーにかけて、トロトロにしてボールに入れたものをまぜまぜします。作業テーブルは6個あったんだけど、お爺ちゃんとお婆ちゃんと息子さんの3人家族。なぜか、お婆ちゃんと息子さんは別のテーブルに行ってしまい、お爺ちゃんだけが私たちのテーブルに。結局、私ともう一人の女性とお爺ちゃん3人の作業になりました。
お爺ちゃんは凝固剤がえらく気になっていたみたいで、「いつ入れるんだ」「まだ入れないのか」と何度も聞くので、「お爺ちゃん、せっかちだねぇ。江戸っ子かい?これはねぇ、最後に入れるの」と言うと待ちきれない様子。
そして遂に凝固剤を入れる段階になった時に「お待ちかねの凝固剤だよ。お爺ちゃん思い切り入れていいからね」と言うと本当に嬉しそうに流し込んでいました。
そこからは順番にひたすら練りまくりました。ここでよく練ると堅いこんにゃくが出来、練りを少なくすると柔らかめのこんにゃくが出来るそうです。
写真は必死にかきまぜるお爺ちゃん。「お爺ちゃん!ブログって知ってる?お爺ちゃんの写真載せてもいい?」と聞くと「あぁ、いいよ!」と即答。ホントに分かってんのかなぁ・・謎ですが。
ご覧下さい。完璧な世にも美しいこんにゃくが出来上がりました。つるつるのピカピカですよ。
「上出来だ!!」とお爺ちゃんも嬉しそうでした。
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1・こんにゃく作りの講習会と野菜の収穫体験

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7月13日に群馬利根郡昭和村の野菜くらぶの「こんにゃく作りの講習会と野菜の収穫体験」に参加してきました。
いつものように池袋からもっこりたけの子観光のバスに乗り、すぐに爆睡。
そろそろ到着かな?と目が覚めると・・・・んんんん。バスが動いていない・・・即ち渋滞ってやつ。
その時、ハタと気がついたね。今日って3連休の初日じゃん。東都生協の企画で渋滞にひっかかった記憶がほとんどないので、新鮮な驚きでした。なんて言ってる場合じゃない。10時に現地に到着する予定が、結局到着したのは12時頃。
本当はこんにゃく工場の見学などがあったのにキャンセル。あぁ、私の大好きな工場見学がキャンセルに・・・残念至極。到着してすぐにお昼を済ませてこんにゃく作り体験開始。
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この日はお弁当を注文するか持参するかということになっていました。だいたい注文弁当は豪華でカロリーも高そうなので、私はコンビニで一番カロリーの低い弁当を買って行きました。
実際、写真の通り、野菜くらぶの関係者のお姉さんがたくさんのおかずを用意して下さってご馳走のオンパレードです。せっかく低カロリーの弁当を買ったけど、こちらのご馳走に目がくらみ無茶苦茶食べてしまいました。漬け物以外は全てこんにゃく料理です。こんにゃくのそうめんとかポテトサラダとか、しらたきのペペロンチーノだとか最高に美味しかったです。ご馳走様でした。
食事の席で生産者のみなさんと交流があったのですが、この昭和村は若い就農者やよそ者をウエルカムで迎えてくれるところということで、スタッフがみんな若いことに驚きました。
新規の就農者を拒む地域が多いのに、昭和村は素晴らしいですね。やはり若い人たちが多いということは活気がありますからね。それだけでも活性化になると思います。
そして、「昭和村は最高です」とみんなが笑顔で言っていたのが印象的でした。
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8・次の野望は遺骨収集だ!!

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最後に訪れたのは天山慰霊碑(日本戦没将兵慰霊碑)昭和45年に厚生省が日本戦没将兵の慰霊碑として建立。
ここには海軍北基地の指揮所とした海軍の天山壕かがあり、また組織的先頭の行われた日本最後の拠点となったとこです。新たに発見された遺骨が本土の千鳥が淵に納められるまでは一時的にここの納骨堂に安置されます。
今回は追悼式のために協力して下さった自衛隊の皆様に何とお礼を言ったらいいやら感謝の気持ちでいっぱいです。追悼式を行って下さった東京都の職員の皆様にも心から感謝します。

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今回は不安傷害のある自分の克服の旅でもありました。これをクリアしたら次にやりたい野望があったのです。
以前から遺骨収集のお役に立ちたいとずっと考えていました。
遺族会の会長さんに聞いたところによると、遺族会に入会すれば遺骨収集に参加できるチャンスがあるそうです。
私には難問がありました。不安傷害です。しかし、今回、これを克服したことで自信と確信を持つことができました。
ただ、驚いたことに、この遺骨収集は2、3日で行う作業なのかと思っていたら、なんと10日から14日、2週間ほど硫黄島に滞在して行われる作業なのです。
2週間、バイトを休んでいいと言うお許しがでたら是非参加したいと思います。
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天山慰霊碑から基地に直行してC-130に乗り込みます。
すべての行程をクリアしたことで安心したのかすぐ爆睡しました。
それにしても自衛隊の皆さんを改めて尊敬しました。この輸送機、対面で座るのですが、むちゃくちゃ狭いのです。体の小さい私でも前の人と膝がぶつかってしまうくらい狭い。両脇も全く余裕がありませんから、身動きがとれません。3時間ほぼ同じ体制で座っていなければいけません。足を伸ばせないし、降りる時は体が固まって立ち上がると膝がロボットみたいにカクカクしちゃいました。
自衛隊の男性は体だって大きいのに、よくまぁ、あの狭いところで耐えているなぁと、マジで尊敬しました。
快適に飛行して下さった操縦士の方にも感謝です。
吾郎さん、またチャンスがあったら何度でも行くからね。楽しみに待っててね!!孫の代から曾孫まで条件が下がったら息子と娘にも行ってほしい!!!お前らも行って吾郎さんに会ってこいよ!!
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7・生きてほしかった

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組織的な戦闘が終わり島の大部分がアメリカ軍に制圧された後、わずかな水源や食糧を求めて生き残った負傷した日本兵が島の海軍航空隊の壕などに集結した。
NHKスペシャル「硫黄島玉砕戦〜生還者61年目の証言〜」において生還者たちは、「お腹が空いて、仕方がなかった。それでね、(死んだ仲間がいる施設の)炭を食べた。今でも涙が出て来る」「(隠れ家に)たどり着いても、追い出されて、敵のいる所を歩いて行けと言われた。どうせ死んじゃうだろうと」などと証言した。
その後も生き残った日本兵が地下陣地に潜伏しており、アメリカ軍は投降を促した。生き残った日本兵の一部はこれに応じて投降したが、拒否する日本兵もおり、アメリカ軍は掃討作戦を決行し投降しなかった日本兵が潜伏していると思われる壕の入り口を埋め、潰していった。
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最後の生存者として、終戦から4年後の1949年(昭和24年)1月2日に潜伏していた元日本兵2名がアメリカ軍に投降した。海軍所属であった両名は千葉県出身の一等兵曹(38)と、岩手県出身の二等兵曹(25)であり、終戦後も島内の洞穴などに隠れて4年間にわたり硫黄島に暮らしてきたものであった。両名によると終戦から1年半が過ぎた頃に島内に駐在しているアメリカ兵が捨てたとおぼしき雑誌を拾ったところ、その雑誌に東京の不忍池でアメリカ兵と日本人女性が一緒にボートをこいでいるグラビア写真があるのを見つけた事により、日本が戦争に敗れた事に気付くと共に激しくショックを受けたと言う。この元日本兵2名は1月22日に羽田空港に帰国した。
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その後、二等兵曹が「硫黄島に日記を忘れてきた、本を出版するためにどうしても日記を取りに戻りたい」とアメリカ軍に申し出て、同年5月7日に再びアメリカ軍機に乗って硫黄島へと戻った。ところがいくら探しても日記が見つからず、摺鉢山の火口から400mほど離れた場所から「万歳」と叫びながら飛び降り自殺をしてしまった。この二等兵曹は日本に帰国したあと周辺の者に「生きて返ってきて申し訳ない」「硫黄島へ日記を取りに行って見つからなかったら日本へは戻らない」などと漏らしていた事から自殺の覚悟を決めていた節があり、戦友の死んだ地で自分も死のうとしたのではないかと推察された。
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6・60℃の中で兵士たちは

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海軍硫黄島警備隊医務科壕です。
戦中は負傷者を収容していました。動けない傷病兵が殆どだったらしく、54柱の遺骨が収容されました。通路が広く最も大きい入り易い壕です。
2012年5月4日、政府は太平洋戦争末期の激戦地・硫黄島(東京都小笠原村)に張り巡らされていた旧日本軍の詳細な地下壕の地図を発見。資料には地下壕の入り口95カ所をが明記され写真や図解も記載。 総延長は18キロメートルに及ぶとみられ地図では滑走路下にも五つ程度の地下壕を確認。自衛隊基地の滑走路などがあり現地調査が進まなかった内陸部が中心で、政府は中に多くの遺骨が 残されているとみて近く発掘調査に乗り出すということです。
総延長18キロですよ。18キロを掘ったんですから、さすがねばり強い日本人。
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壕の中はいくつかの枝道になっていたり、這い蹲らないと入れないような穴もいつくかありました。
壕の一番奥は60℃にもなる地獄のような暑さ。「当時の日本兵の気持ちを体感してみて下さい」と言われ、私も列に並びました。
以前、長野県の松代の防空壕に行った時はも8月なのに震えるような寒さで吐く息が白くなるほどでした。
並んでいると列が進むごとに30℃・・・40℃・・・どんどん暑くなって来るのが感じられます。
奥まであと7分くらいでしょうか、すでに50℃くらいの状況。蒸気というか、蒸し器の中に入っているような気分です。息苦しくて気分が悪くなつてきました。
60℃まで行き着きたかったけど、具合が悪くなったら迷惑をかけるので途中で列を外れました。全く情けないことです。それほど壕の中は地獄の蒸し暑さでした。
医務科壕ということですが、とても医療行為を行えるような状況ではありません。健康な人間でも衰弱してしまったことでしょう。
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歌人と釋迢空が「最も苦しき戦いに最も苦しみ死にたる子ら」と嘆じたように、水と糧に貧しい島の、噴出する硫気とむせかえる地熱の壕を拠点とした苦しい戦いは、ほとんど肉体の限界を超えていました。
右上の写真は別の防空壕の入り口です。写真では分かりづらいと思いますが、この入り口の周りすべて数え切れないほどの銃弾の後が残っています。アメリカ兵がめったやたら闇雲に撃ちまくったという感じでむごい状態でした。
この防空壕は、地下で医務壕につながっていましたが、現在は崩れて通れないそうです。
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5・椰子の木の下は歩くべからず

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昨日紹介した摺鉢山は昭和57年には標高167mでしたが、隆起現象によって年々少しずつ高くなっているそうです。
摺鉢山を後にして平和祈念墓地公園に向かいました。
平成2年、小笠原村より設置。戦前の島民墓地の敷地に設置されており、軍属として徴用され戦没した82名の島民の霊を慰めるとともに、墓参時に旧島民の先祖をお祀りするための拠り所になっています。
現在硫黄島は海上自衛隊基地、航空自衛隊基地になっているので、一般人が住むことはできません。
硫黄島は小笠原諸島が日本に返還されてからも活発な 火山活動などのため、「一般住民の定住は困難である」とされ、強制疎開前の住民やその子孫が故郷に帰ることのできない状態になっています。
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日帰りの追悼式なので駆け足で巡拝です。
摺鉢山や防空壕にいくことができたのは有り難かったですが、私はどうしても海に行きたかった。今回は全く海の方面に行くことがなくて残念でした。
硫黄島の西海岸には沈船群があります。戦後、米軍が港湾施設を作る計画で鉄筋コンクリート船を沈めたけれど、海岸線の変化が激しく目的を達せられなかったる当時は海面下にあった船も隆起現象のために海面上に露出している。そこに吾郎さんの船があるかどうかは分からないけど、そこで手を合わせたかった。
海に向かって叫べば吾郎さんは私がここにいること分かってくれる気がする。
前にも書いたけど大声で叫びたかった。ほかの参列者の手前、さすがの私もそんなまねできなかったけどね。
もしも一人だったら、叫びまくるね。
吾郎さーーーーーん!!私、ここにいるからねぇ!!!
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この平和祈念墓地公園に到着する前にバスの中で注意事項がありました。ここは南の島になので左下の写真のように椰子の木があります。実が落ちて来たら危険なのでこの下を決して通らないようにという注意でした。これが頭に落ちてきたら頭カチ割れるかもね。
雨上がりなどはアメリカマイマイというカタツムリが見られるそうです。なんと20㎝くらいある巨大なやつ。サソリもいるので茂みの中に入らないように注意がありました。
ちなみにめじろがいました。不思議だねぇ。渡ってきたのかなぁ。
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4・血染めの日の丸

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追悼式終了後は島内巡拝。
パスは摺鉢山に向かいます。写真は平和祈念墓地公園。
摺鉢山は硫黄島の南西端に位置し、地質は硫黄島の火山活動で形成された安山岩の火砕丘である。山名は「すり鉢」を伏せたようなその形状に由来し、別名の「パイプ山」は、山頂部から立ち込める水蒸気及び硫黄ガスが、硫黄島本体を含め海上から見ると、あたかも喫煙道具のパイプを燻らしているように見えることからに由来する。
太平洋戦争における硫黄島の戦いの時は激しい戦場と化した。日本軍は元々はここを拠点として活動していたため、この摺鉢山が陥落するということは戦いに負けるということを意味していた。山体内部は七層にくり貫かれ最大20cm口径の砲を配備する砲台陣地となっていた。この戦いによって海側の火口壁は、アメリカ軍の艦砲射撃を受けて崩壊している。
硫黄島の他の場所同様、現在でも多くの遺体が土中に眠っているとされており、未だ見つかっていない遺体もある。頂上及び山麓にはこの戦いを後世に伝えるアメリカ軍の記念碑、戦没者顕彰碑などがいくつも設置されている。
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硫黄島の星条旗は、第二次世界大戦中の1945年2月23日にジョー・ローゼンタールによって硫黄島で撮影された報道写真。5人のアメリカ海兵隊員と1人の海軍兵が硫黄島の戦いのさなか、摺鉢山の頂上に星条旗を立てる姿を撮影したもので、史上もっとも有名な報道写真の一つ。映画「父親たちの星条旗」が公開された2006年現在にいたるまで「太平洋戦争」のイメージとしてよく知られたものとなり、1945年度のピューリッツァー賞の写真部門を受賞した唯一の写真となった。写真にうつった6人(マイク・ストランク、レイニー・ギャグノン、フランクリン・スースリー、ジョン・ブラッドリー、ハーロン・ブロック、アイラ・ヘイズ)のうち、戦後まで生き残ったのはヘイズ、ギャグノン、ブラッドリーの3人だけだった。ストランクは星条旗掲揚の6日後に味方駆逐艦の誤射を受けて死に、ブロックはその数時間後に迫撃砲による攻撃を受けて戦死した。スースリーは日本軍の組織的抵抗の終わる数日前の3月21日に狙撃兵の銃弾を受けて死んだ。
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ところがこの星条旗が摺鉢山頂上に揚がった日の翌朝、気が付くと山頂に日章旗が翻っていた。 米軍は早速、日本兵がまだ潜んでいると思われる山頂周囲の壕や穴の中に、片っぱしから手榴弾を投げ入れて火炎放射器を使った。 そして再び星条旗を掲げ直し、その星条旗は24日中そのまま掲げられていた。 ところが翌25日早朝の摺鉢山頂上では又も日の丸の旗が、はためいていた。 これはその周辺にいまだに頑張っている日本兵がおり、日の丸を揚げに夜中、密かに山頂へ来ている証しであった。 旗は昨日の日章旗より少し小さい四角で、おそらく急拠作製した血染めの日の丸の旗ではないかと思われた。 その後の戦闘で、摺鉢山頂上の旗が日章旗に代わることは、もうなかった。
水も食料もない限界の中でも、血染めの日の丸を意地でも掲げる・・・・。日本人魂。アッパレです。
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                             上の写真が星条旗を立てた場所。   

今年もゴミ拾ったどぉ~!!

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今年もまた「浦安市内ウォーキング&クリーンアップ」に参加してきました。
いや~!暑かったですねぇ。この日は今年一番の暑さだったそうです。おかげで、腕がゴミ拾い焼けしました。
この企画は今年で4回目だそうで、私は3年連続で参加してきました。一回目に参加していたら皆勤だったのに残念。
自分的にはゴミ拾いは大好きで、街がきれいになるというのは実に気分の良いものです。本当はゴミを捨てる不届き者さえいなければ、このようなイベントをする必要もないのですが、相変わらず落ちてるんだよねぇ。
右の写真は不燃ゴミだけで、可燃ゴミはこの倍くらいありました。道路沿いの大量の空き缶は明らかにドライバーがポイ捨てしたもの。
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そして、毎年言ってることですが、一番多いゴミはタバコのポイ捨て。どこもかしこもこのポイ捨てでいっぱいです。私たちメンバーはタバコが大嫌いなのでタバコに対するイメージが更に悪くなります。
喫煙者対象のクリーンアップ企画をやるべきだと思います。どれだけポイ捨てが多いのか、なぜ喫煙者がバッシングされるのか、少しは理解できると思うんだけど。
小さい子供は吸い殻をトングで挟むのが難しいので手で拾って歩いたんですよ。ポイ捨てした大人の皆さん、恥を知りなさい。
すべてのコースを回って終了。本社に戻ってお昼を頂きました。カボチャとサツマイモの天ぷらが無茶苦茶おいしかったです。また来年も参加しま~す!
ちなみに写真は参加品です。右下は一昨年の時のキャップ。私はオレンジ色が大好きだけど、これはちょっと普段かぶれない代物。左下は去年のタオル。そして今年は右上のドリンクホルダー。私の大好きなグリーンなので嬉しい。
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3・悲しい海、悲しい空

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昭和20年2月16日から3日間、米海・空軍による熾烈な艦砲射撃及び豪雨のような爆撃が加えられ、同2月19日Bー29の大編隊による空襲と硫黄島沖に集結した大艦隊による一斉射撃が全島をおおい、その間130隻の上陸用舟艇が海岸に向け一斉に突入し、0900ごろその第一波が南海岸に上陸した。
硫黄島守備隊は、小笠原兵団長栗林中将の指揮の下見事な持久戦を展開し、米軍上陸隊に多大な損害を与えたが、そのほとんどは玉砕し、同3月26日日本軍の組織的な戦闘は終わった。
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昭和19年6月19日 米海空軍、島に対し砲爆撃を開始。
昭和20年2月16日 艦砲射撃を開始。3日間艦砲と爆弾が豪雨のように注がれた。
     2月19日 米軍は上陸を開始。
     3月17日 日本軍の通信が途絶えた。
     3月26日 栗林兵団長は残存兵力を率いて総攻撃を行い、以後は組織的戦闘力を失った。
戦死 19900人  戦傷1033人(生還者)
戦没者約21900人のうち発見収容させた遺骨は平成24年3月末現在9881柱である。
まだ収容されていない遺骨は10000以上あります。吾郎さんのように海に沈んでしまった遺骨の収容は不可能でしょう。
吾郎さんの死亡通知は日本軍の通信が途絶えた3月17日の日付になっています。
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碑文
悲しい海、悲しい空、今日も眞青く澄んでいます。あなた方の悲しい死によって、あなた方の悲しい死をとおして、私たちは今、漸くにして一つの考えを持つことができるようになりました。
ーもう自分ひとりの幸福を求める時代は終わった。ほかの人が幸福でなくて、どうして自分が幸福になれるだろう。
ーもう自分の国だけの平和を求める時代は終わった。ほかの国が平和でなくて、どうして自分の国が平和であり得よう。
あなた方の悲しい死に対して、私たちは今、こうした私たちの考えを捧げたいと思います。
そして今はただ祈るばかりです。
 御霊、とこしなえに安かれと。        井上 靖
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2・海に向かって叫びたい

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8時50分入間基地からCー130輸送機で出発。11時50分に硫黄島基地到着。
厚生館で昼食を頂きました。写真右下。緊張で朝からほとんど何も食べていなくて腹ぺこだったのでとても美味しかったです。
昼食後、鎮魂の丘に向かい、追悼式に参加します。
国歌斉唱、式辞、献水、黙祷、追悼の言葉。
遺族代表のお孫さんの言葉に涙があふれてきました。
「おじいちゃん。孫の○○が来ましたよ・・・」
たぶん私と同世代の女性です。今回の追悼式に参加している70~80代の方は娘さん息子さん。40~50代は孫だと思われます。
彼女は何度も嗚咽で言葉を詰まらせながら読み上げました。
私と私の隣にいた女性も孫世代で二人で思わずもらい泣き。二人で「ホントに来て良かったね。爺ちゃん喜んでるね」としみじみ。
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献花のため菊の花を手渡された瞬間。急に涙が溢れてきました。
本当にここまで来んだ。吾郎さんに会いにこられた。そして吾郎さんに花を手向けることができるなんて夢のようだ。感無量。吾郎さん、これは婆ちゃんの分と母ちゃんの分も込めて冥福を祈ります。
この追悼式も年々参加者がご高齢になり、親御さんの参加は5年前が最後だったそうです。
これからは我々孫の世代が参加して、島に残された戦没者のお爺ちゃんたちに孫の姿を見せてあげて喜ばせてあげようではないですか。もしもお爺さまが硫黄島で戦死された方はこの追悼式に参加できる資格があります。是非、参加して下さい。(この追悼式は東京都在住に限る)
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鎮魂の丘からすり鉢山が見えます。そして海も見えます。
吾郎さんは船を撃沈されて沈んでしまったので海の底にいるんです。約70年の間、ずっとずっと海の底で身内が来てくれるのを待ちわびていたんだと思います。
海に向かって大声で叫びたい衝動になんどもかられました。
吾郎さーーーーん!!まゆみが来たよーーーー!!
北なのか南なのかどちらの方向なのか分かりません。でも、きっと叫んだら吾郎さんの耳に届く気がしてならなかったです。
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「あなたに起こったホラーなできごと」

動物&昆虫

諸君、この写真が何かわかるかな?まさにホラーだよ、オーホホホホホ。
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こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当山本です今日のテーマは「あなたに起こったホラーなできごと」です。
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このところ頻繁に出てくるクマネズミ騒動。クマネズミとまゆみの戦いは5年以上続いております。
5年くらい前の出来事。ある時、息子に「天井裏のネズミシートにネズミがかかっているかもしれないからチェックしてくれ」と頼んだ。息子は懐中電灯片手に天井裏をチェック。
「お母さん、なにか変なのある。ネズミがついててるかも」
息子はシートを引っぱり出して私に渡して見せた。
残念なことにネズミはついていない。ネズミはついてないけどシートは不気味なことに。
なぜか、シートの上にボロ布が敷いてあるのだ。何?このボロ布。ネズミがわざわざこんな大きな布を天井裏まで運ぶというのは考えられない。
ということは、もともと天井裏に布が置いてあったということになる。「気持ち悪ぅ~。天井裏に布なんてあるわけないよ」本気でビビッた。天井裏に謎の布・・・ホラーだよ~!一応念のためにボロ布をめくってみたが、やはりネズミの姿はなかった。
しばらく息子と腕組みして推理していると、ある記憶が蘇ってきたぞ。
「この布、天井裏に投げたの私だわ」息子「はぁ?なにそれ」
だいぶ前に近所の野良猫の体にタオルをグリグリして臭いをつけたのだ。猫の臭いを嫌うと思って天井裏に投げてみたのだ。半年か一年くらいたっていた、そんなのとうの昔に忘れてたわ。
その猫の臭い付きタオルをネズミの奴め、嫌がるどころか寝床に利用していたのだ。
よくよくシートを観察してみると、タオルを布団にして周囲にはおひねりにした毒エサをインテリアのように飾ってある。
ネズミにとって猫の臭いは屁の突っ張りで、毒エサはアートなのかよ!!
完全に人間が馬鹿にされている。人間完敗なのである。
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このおひねりにした毒エサがわざわざシートの上にネズミが置いていた。5年前息子は小学生。

1・意地でも吾郎さんに会いに行く

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7月9日。晴れ。ついに吾郎さんに会いに行きます。
稲荷山公園7時30分集合。早起きは苦手だけど3時50分に起きて支度して家を出ました。
説明会で自衛隊のバスに乗り遅れたら基地に入れて貰えないと言われていたし、何しろせっかちな性格なもんで30分以上早く稲荷山公園駅に到着しました。
全員が揃い自衛隊のバスが入間基地に向かいます。朝霞駐屯地には2度行ったことがありますが、入間基地は初めてです。
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ずっと昔から硫黄島に行きたいと思っていました。吾郎さんに会いたかったからです。
追悼式への参加希望を自分で出しながら正直言って不安と後悔で押しつぶされそうでした。5年ほど前から家庭の事情やストレスが原因で不安傷害で過呼吸になるようになりました。ここ数年症状がひどくて薬に頼るようになっているのです。特にこのところ閉所やバスと電車がヤバイのです。
自衛隊の飛行機に乗ることは、私にとって相当のプレッシャーです。「もしも飛行機の中で過呼吸になったらどうしよう・・まさか途中で降ろして下さいなんて言えない。大勢の人に迷惑をかけたらもう一生トラウマになる」思わないようにしようとしても頭に浮かんでしまう不安。
ロビーで待つ間、刻々と出発時刻が近づいて来ると落ち着きがなくなってきます。「精神が弱い自分。私はヘタレだ。ダメ人間だ。自分に勝て自分に勝て」と心に念じます。
搭乗の時間になり、自衛隊の輸送機に乗り込みます。「やっぱり私は行きません!!」と叫びそうになるのを押さえてやけくそで搭乗しました。
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片道3時間のフライト。これにうち勝てば自信がつく。この旅は自分の弱さに勝つこと、意地でも吾郎さんに会う旅でもあるのです。
「薬を飲んでいるから私は大丈夫」と自分に言い聞かせ、座席に座ると目を閉じました。
こうなったらやけくそだと思っていたので、いつもより余計に薬を飲んでいたのが効いたのか、あっという間に爆睡してました。以前朝霞駐屯で乗った輸送機は結構揺れたので心配しましたが、これが想像以上に全く揺れがなくて快適で気持ちよく眠れました。
出がけに息子に「ゲロ吐くかもしれないからゲロ袋持って行くんだよ」と言われて慌ててバックに入れたけど、おかげさまで不要でありました。
そして無事に硫黄島に到着。ヤッター!!精神障害なんか屁の河童だぜ!吾郎さん!孫が頑張ってたどり着きましたよ!!
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私にとって富士山は登るところでなく遠くから見て拝むもの

旅&おでかけ

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3210円というご優待ですから、それなりにいろいろからくりがあって企画を立てるのも大変でしょうが、それにしても、もう少し、なんとかならないもんですかねぇ。
だってさ、毛皮屋さんの所要時間が90分に対して、三保の松原30分、清水クルーズ30分、由比桜えび館30分って30分はないよなぁ。
焼津さかなセンターだって食事時間込みで滞在時間1時間くらいだもん。
バスの運転手さんも血眼になって時間調整するためにバスを走らせてましたよ。
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実は毛皮屋さんに到着する前にクイズの用紙を配られていました。私はバスの中で爆睡していたので、バスを降りる直前に慌てて当てずっぽうに答えを書いて用紙を渡しました。
そしたらなんと全問正解だったのです。んで、記念品にキーホルダー貰っちゃいました。右上の写真。
前回の宝石屋さんの時は完全に閉じ込め状態で表に出ていけませんでした。閉じ込め商法とでも言うのでしょうか?でも、今回は自由に表に出てよかったのでまだ良心的でしたね。
今回はご優待の旅第二段。前回、宝石屋、今回、毛皮屋。いったい次は何屋さんに連れていかれるのでしょうか。第三段はあるのか!!!こうご期待!
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こちらは由比桜えび館です。桜えびの試食を頂きましたが、美味しいですねぇ。さすが!!
東海道五十三次の16番目の宿場町「由比宿」全国で駿河湾でしか水揚げされない桜えびが有名なのです。
というわけで、富士山が見えない残念な旅でございました。世界遺産に登録されたことで登山客も増えるでしょうが、マナーを守って日本の誇りである富士山を大切に扱ってほしいですね。
私は生まれて一度も富士山に登ってみたいと思ったことはございません。富士山は遠くから有り難く拝むのが最高なのです。阿佐ヶ谷の駅からだって見えます。走る中央線の窓からも見えます。京葉線からも見えますよ。「今日は富士山がよく見える。有り難や有り難や」と心の中で手を合わせています。
小学校の美術室の窓から見えた夕日に照らされた富士山が忘れられないですなぁ。
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まぼろしの富士山

旅&おでかけ

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冥途の土産に是非とも三保の松原に行こう!!!と参加したのになぁ。
いや~、これホントに富士山が写ってないと、どこにでもあるふつうの海岸だから困るね。
大きな声で三保の松原いったどぉ~!!と言えない。
仕方ないから海岸に座って、一人でずっと波を見てました。悲しい・・・。
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羽衣伝説に関する逸話
フランスのダンサー、エレーヌ・ジュグラリスは日本の「能」を研究する中で「羽衣伝説」を知り、これを題材にした作品「羽衣」を発表、彼女は来日して伝説の舞台となった三保の松原を訪れることも希望していたが、病気により叶うことなく35歳の若さで亡くなってしまう。臨終の際には夫に「せめて髪と衣装だけは三保の松原に」と遺言を残し、それに基づいて夫は彼女の衣装と遺髪を持って来日した。この秘話に共感した地域住民により、1952年にエレーヌの功績を称え「エレーヌの碑(羽衣の碑)」が完成、その碑の袂には彼女の遺髪が納められている。
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三保の松原からクルージングに向かいます。清水港までのクルージング。ここでも本当は、船上から雄大な富士山を一望できる予定でしたが、やっぱり裾のがチラっと見えるだけで雲にすっぽり隠れています。
普段、いろいろなところに旅するたびに雄大な富士山を見ることができるのに、こんな重要な場面で見られないとは・・・トホホホ。
乗船時間は20分ほどの短い時間でしたが、潮風が気持ちよくて楽しかったです。
ちなみに右下の写真は船着き場の横に凧が仕掛けてあって、なぜか犬の凧(?)も二匹浮かんでました。
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こちらが伐採されてしまった先代のご長寿の羽衣の松。

マユミ・イン・ワンダーランド

動物&昆虫

こうやってパソコンをいじっていると目の前のガラスにヤモリ君の姿が。
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私は小さい頃から植物と生き物が大好きで、ほぼ無条件に何でも好きでした。
トカゲを追いかけ回し、カエルやザリガニを捕まえたり、ヘビを飼ったり昆虫も大好き。
そして時が経ち大人になった私。気が付くと、現在の我が家は杉並の中にある小さなジャングルになっていました。
小さな小さな庭に植物は分かるだけでも百種類以上。特に果樹が大好きなのでだいたいの果樹はあります。蔓ものの植物も好きなのでジャスミンとカロライナジャスミンとあけびの蔓でホントにジャングルになってます。
あちこちに蜂くんが巣を作ります。でも一度も刺されたことがないし蜂くんも家族だと思ってます。
ヤモリ君もたくさんいます。たまに家の中にいます。この子も家族です。
先日発見したことがあります。朝、私が花に水をやっていると茂みの中から一匹のトカゲ君が現れました。そのトカゲ君は植木の葉についた水を飲みにきました。続いて同じ茂みからもう一匹、子どもらしき小さなトカゲ君もやってきました。おぉーーーートカゲって家族で行動するんだぁ。
そして次の日も同じように私が植木に水をやるとどこからともなくトカゲ君が現れて植木の葉についた水を飲みにきました。この子たち私が植木に水をやる時間を知っているのかな?
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子どもが小さい頃は春になると善福寺公園に行ってオタマジャクシを大量に捕まえて来てカエルになるまで育てました。名前は全員キューちゃんです。すると、翌年、大きなカエルになったキューちゃん(左上写真)が我が家に帰ってきました。右上の写真はモンキチョウの幼虫です。ミモザの葉につきます。
カマキリくんも毎年我が家の庭で卵を産んで羽化します。時期になると小さなカマキリくんがアイビーの茂みま中をウロウロしてます。
家の中にいる蜘蛛くんも我が家では家族です。絶対に殺生したりしません。というか、よく話しかけます。「そこにいると踏まれるから危ないよ」とか「あんたさっきはあっちの部屋にいたね」とか。
とにかくゴキブリと植物を荒らす昆虫(カメムシとか芋虫)以外は全員家族だと思ってます。
わざわざ飼わずして大好きなトカゲやイモリやカエルが庭にいて昆虫も住んでいる。そしてジャングルな庭。こりゃ私が小さい頃憧れていた生活ではないか。無意識に理想の家にしていたのかも。
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左上は真夏日のある日。バケツの水で尻尾を冷やすトカゲ君。右上は洗濯物に混じっていたカマキリ君。そして、上の写真は毎年我が家に巣を作る足長蜂君。とても可愛いです。彼らは真面目で働き者。

「〇ンコ風味」のアイスって!?

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                             うちで生まれたインコのターちゃん。
fujibun_1.gifターチャン
「〇ンコ風味」のアイスって!?あなたならなに思い浮かべますか?
私は小二病なので、真っ先に「ウンコ風味」のアイスを思い浮かべました。ウンコ風味のアイス・・・。ウンコ風味を再現するのに必要なものといえば、伊豆七島の名物「クサヤ」でしょう。
伊豆七島のみなさんには申し訳ないんですけど、私にはあれはウンコの香りにしか感じられません。
夏休み、島に遊び行った夕暮れ。民宿の換気扇から流れてくる香り・・・。
「うっぷ!!」思わず口と鼻をふさいだものです。
そんなアイスを食べたい勇気のある奴いるのかなぁ?なんて思いながら、実際の記事を見てびっくり。
ウンコ風味じゃなくて、「インコ風味」のアイスが正解らしいです。「インコを口に入れているような味の『インコ風味アイス』って意味分かんないよ~!
兵庫県・神戸市の小鳥を見ながらお茶を楽しめるというカフェ「とりみカフェ」が自ら主催するイベント「幸せを運ぶ小鳥の作品展2013」用に製作した“インコ風味アイス”を紹介。
当然インコをアイスにしているわけではなく、インコの食べている餌を人間の食べ物で再現したら、キャッチコピーが『口の中に広がるインコフレーバー』になる様な代物になったそうだ。
「口に中に広がる◯ンコ臭がたまらない!」という人もいるそうだが、私は遠慮しときます。
うちもインコを飼っていたことがあるので、そのインコ臭なるものは想像がつきます。
これってゲテモノ食いって言うのかな?そのうち「猫風味」「犬風味」「ハムスター風味」のアイスが出てくるかもしれませんね。ハムスターはヒマワリの種だから美味しそうかも。「モルモット風味」は藁(わら)ですからねぇ。藁の入ったアイスはちょっと・・・。
ターチャンとデストロイヤーインコ
ハムスターのデストロイヤーガン見するインコ。このカップルから生まれたのがターチヤン。

富士山がみえないので・・・

旅&おでかけ

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こちらが富士山とともに登録された三保の松原なわけです。
第一希望だった7月1日は富士山の山開きで、さぞかし混雑したでしょうに。テレビを見る限りでは曇り空。しかし、2日はXメンのメンバーまゆみが見参しただけに晴れであります。なのになのに・・・。やっぱり富士山は雲がかかって裾ののあたりがチラっと見えるだけ。
正直な感想を言わせて頂けば、富士山が見えなければ、何のへんてつもない海岸です。
左下の写真がそれです。ホントは左に富士山が写っている予定。しばらくずっと雲がとれるのを待ちましたが、無理でした。たぶんもう二度と来ることはないと思います。絶景を見たかった。残念です。
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バスの中で添乗員さんが「羽衣の松が見られるのは今日までで、明日伐採されてしまいます」と言っていた。
で、現地に行くと最初に目に付いた松。右上、右下の写真。「可哀想にこの子が切られてしまうんだ」と写真を撮っていると、いやいや、その先にも松が・・。「あれ?ここに羽衣の松って書いてある。じゃ、この子が切られてしまうんだ。可哀想に」と、またまた写真を撮っていると、地元のおじちゃんが「切られるのはこれじゃないよ」って。えええええーーーじゃどれが切られちゃう子なのよ~!
結局、一番奥にあった左下の写真の松が3日に伐採されてしまうそうです。立ち枯れが進んで倒れるおそれがあるためだそうです。
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羽衣伝説の舞台でもあり、浜には天女が舞い降りて羽衣をかけたとされる「羽衣の松」と呼ばれる樹齢650年の老松があり、付近の御穂神社には羽衣の切れ端が保存されている。「羽衣の松」は立ち枯れが進んだため、2010年に近くにある別の松を新たな「羽衣の松」(左下の写真)に認定し、先代「羽衣の松」(左上の写真)は2013年(平成25年)7月3日に伐採された。
650年の勇姿を最後に見られて本当にラッキーでした。先代の羽衣の松さんお疲れさまでした。
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祝富士山世界遺産登録・さわやか駿河路・シーツvsお墓

旅&おでかけ

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近所のスーパーの応募で日帰りツアーのご優待が当たった。3210円はお得だ。しかし、私は知っているこのツアーの恐ろしい秘密を・・・。以前、別の応募で修善寺の日帰りツアーのご優待に参加したことがある。(このブログで紹介した)
最初に宝石屋に連れていかれ部屋に閉じこめられて(部屋から出てはいけない鍵をかけられている)長時間セールスされるのだ。今回のツアーも最初の目的地が宝石屋である。なななんと所要時間90分。90分の閉じこめはキツイ。宝石に一切興味のない私にとってこれは地獄の時間なのである。
それでも三保の松原と清水港クルージングがそそられる。たぶん個人的に行くことは一生ないと思う。だとしたらこのチャンスに行くしかないでしょ。
で、応募したら第二希望の7月2日に行くことが決定。そしてハガキには宝石屋がファクトリーというお店に変更になったと書いてあった。ファクトリーって何の店?インターネットで調べたらウナギパイの店の名前が。もしやウナギパイ工場見学かもよ。と、喜んで当日。バスに乗って添乗員さんの言葉に絶句。宝石屋は変更になって毛皮屋さんになったらしい。ウナギパイの工場見学じゃなかったよ。がっかり。
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宝石も興味ないけど毛皮はもっと興味ないよ。金額が半端ないよ。なんとシーツが36万円だよ。それも398000を割り引いて36万円。
「中に磁気が入っていて、健康にとてもいいんですよ」と進められてもねぇ。「はぁ・・・36万円あったらお墓買います」と思わず言った。「お墓~?まだお若いのに、生きている今の健康の方が大事ですよ」とおばちゃんにしつこく薦められたが「明日、生活保護を受けるかもしれない貧乏人ですから」と断った。
しかし、この36万円のシーツを購入した方がいましたよ。さすが杉並夫人。セレブは違う。
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やっとこの地獄の勧誘から解放されて次ぎに向かったのは焼津さかなセンター。勧誘に90分もかかったからお昼にありつけたのが1時30頃だよ。みんなお腹が減って死にそうだったんだから。
食事をしながら「36万円のシーツを買うならお墓を買う」という話をしたら、隣に座ったおばちゃんが「あら、それはそうよ。お墓はさぁ、永遠に眠れるのよ」「おばちゃん!!名言だ!!」と思わず拍手した。
んだよなぁ、シーツは残り少ない人生に使うものとしても、お墓は買ったら永遠に寝られる場所だもんねぇ。
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                             ちなみにこれうなぎのバック

「あなたに起こったホラーなできごと」

動物&昆虫

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こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当山本です今日のテーマは「あなたに起こったホラーなできごと」です。
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休みの日に部屋の掃除をしていました。巾着袋などを入れた箱を取り出して中を整理しようとしたら、何やら色とりどりの物体が箱の隅に見えます。
近頃、老眼入ってますから、目をパチパチさせながらよくよく見てみると。
なんじゃこゃ~!!!!!
そこにはなぜか色とりどりのモルモットフードが・・・。
モルモットのコンボイ捜査官は部屋に放し飼いをしているけど、この場所は階段を上がったところなのです。
なんで、こんなところにモルモットフードがあるわけよ。ホラーだよ。おかしいでしょ。
巾着袋を取り除いて、事件の真相がわかりました。箱の中には、ななななななんと、ネズミの糞もたくさん転がってます。
そうなんです。犯人はクマネズミの野郎です。
去年の8月のブログで遂に部屋の中にクマネズミが侵入したという記事を書きました。
息子が夜中に何度か台所でクマネズミを見かけたと言っていたのです。たぶんその時でしょう。コンボイ捜査官のモルモットフードを頬袋に入れて、巾着袋の箱に運んでねぐらにしていたようです。
悔しい~!!気が付かない間にぬくぬくと部屋に住まれていたなんて!!!
ちなみにその去年の8月に部屋に侵入したと気が付いてすぐに侵入場所を特定してそこをふさいだのでもう部屋に入ってくることはありません。
ただ、部屋に侵入しただけだと思っていたので、まさかねぐらを作っていたとは気が付かず、一年近くたった今頃気が付くとは・・不覚であったと反省しました。
まだまだ修行がたらんな。クマネズミとまゆみの戦いは続くのであった。
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これこそ去年の8月に部屋に侵入されて食べられたカレーヌードル。

吾郎さんに会うために

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人の死というものの考えはさまざまだと思う。
友人たちとの会話で「前世はなんだったか」とか「次に生まれてくるなら」なんて会話をするが、ホントのところは私は死んだらすべてお終い。0になると思っている。
だからお墓もいらないし、法要なども一切しなくていいと思っている。
もしも私が死んでも娘も息子も悲しまなくていい。そんな人がいたと思う程度で消えてなくなったと思ってくれていいのだ。死んだ者のことなどに捕らわれないで未来に突き進んでほしいのだ。
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しかし、これは現代に生きる私の考え方。たぶん戦争で亡くなった人たちはそんな風に思っていない。
愛する子供の成長を見届けることもできず、突然プツリと人生を終え家族とも引き離されたのだ。
婆ちゃんと吾郎さんは籍を入れていなかった。突然の招集で、帰ってきたら籍を入れれば良いという軽い気持ちだったらしい。まさか永遠の別れになるとは知らず、どこの部隊に配属されるかもわからずに出兵したのである。行先は硫黄島であった。海軍上等水兵・硫黄島警備隊。
そして、帰らぬ人になった。お骨もなく死亡通知の紙切れが墓の中に入っている。
硫黄島の話題を耳にするたびに吾郎さんのことを思う。
吾郎さんは海の底で待っているんだろうなぁ。身内の誰かが会いに来ることを。
「みんな自分のことなど忘れてしまったのかなぁ・・・自分のことを忘れてほしくない、俺はここにいるぞ。誰か迎えに来てくれ」と叫び続けている気がする。
吾郎さんはこの遠い海の底で66年間、寂しい気持ちで待っているのだ。私が行くことで吾郎さんの寂しさを癒してあげられないかもしれないけど、吾郎さん待っててよ!会いに行くからね!
P6262771.gif五郎さん
                              左の写真が吾郎さん。

硫黄島戦没者追悼式に行きます

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                            防弾チョッキ。なんと硬貨を縫い付けてあります。
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今年の4月の東京都の広報誌に「硫黄島戦没者追悼式」の応募がありました。
この文字が目に飛び込んだ瞬間、「行かねば・・・」と思いました。
ずっとずっと気になっていた硫黄島。吾郎さんが海の底にいる硫黄島。もはや婆ちゃんは90を過ぎていてとても追悼式にいけない。うちの母親も無理である。条件は戦没者の孫まで、即ち、行くことができるのは私までなのだ。
応募して何の音沙汰もないのでダメだったのかなと思ったら6月の上旬に参列内定の通知がきた。そこで喜んではいけない。準備しなければならない必要な書類があるのだ。
私が爺ちゃん孫であるという証拠が必要なわけだ。すぐに杉並区役所に行き、自分の戸籍謄本を入手して、足立区の母親に足立区役所で母親の戸籍謄本を入手してもらった。
その二つを宮城県登米市の役場に送って、爺ちゃんの除籍謄本を送って貰う手続きをした。
これらすべてが揃っていないと出席できないのである。
すべての書類を揃えて、先日説明会に行ってきた。本当に参加できるのかなぁと不安だったけど、無事、招待状も受け取りいけることになった。
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バタバタと戸籍を取り寄せていて気がついた大爆笑の事実が分かった。
このブログでも私は爺ちゃんのことを吾郎さんと呼んでいる。何しろ仏壇の写真が若いのでお爺ちゃんというのが可愛そうな気がして昔から吾郎さんと呼んでいるのだ。
母親も吾郎さんと呼んでいる。その吾郎さんなのだが、戸籍を見て驚いた。私は物心ついたときから母親に吾郎さんは、数字の「五」の五郎と教えられてきた。しかし、戸籍には数字の五じゃない「吾」即ち「吾郎」さんだったのだ。
母親に電話をすると、「そんなバカな!五郎じゃないの?」なんと、この70年以上の間、自分の父親の名前を間違えていたのだ。母いわく田舎の部屋に掛けてある爺ちゃんの賞状などに「五郎」と書いてあったから「五郎」だとずっと信じていたそうだ。「今度田舎に帰ったらあの賞状をもう一度よく確認してみる」と言っていた。
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