2013-05-16 (Thu)

②着てみたかったゆるキャラ

旅&おでかけ

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天明3年7月8日午前10時頃浅間山噴火。
4月、鳴動が始まり、大地は鳴り響く。その後、何度となく爆発、震動がおこる。
7月に入り噴火活動は最高潮に達した。7日の夕方から激しい噴火となる。
7月8日、前夜の鳴動もますます激しくなり、夜が明けても空一面黒煙に包まれ、夜のように暗かった。
そして午前10時頃…浅間山が光ったと思った瞬間、真紅の火炎が数百メートルも天に吹き上がると共に大量の火砕流が山腹を猛スピードで下った。
山腹の土石は溶岩流により削りとられ土石なだれとして北へ流れ下った。鎌原村を直撃した土石なだれはその時間なんとたったの十数分の出来事だった。
家屋・人々・家畜などをのみこみながら土石なだれは吾妻川に落ちた。鎌原村の被害は死者477人、生存者は鎌原観音堂に逃げ延びた93人のみだった。
この噴火の際、最後に流出したのが鬼押溶岩流である。
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浅間山には“鬼”が住んでいることになっている。しかも、その鬼の行状が噴火に係わっているとみられることから、おそらく、押出しの奇異な現象を目にした里人によって、自然発生的に名付けられたものであろうと言われている。
ちなみに上の緑色の鬼の写真は入園口の受付の横に無造作に置いてあった着ぐるみです。中に人は入っていません。この着ぐるみを着て写真を撮りたかった。本気で受け付けのお姉さんに交渉しようと思いましたが、絶対断られると思ったのであきらめました。
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浅間山観音堂
昭和33年5月に敬虔な仏教徒の提康次郎が、天明の大噴火による遭難者の冥福を祈るために建立し、御本尊に東叡山寛永寺伝来の聖観世音菩薩が、厄除観音として祭られています。
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