2017-04-29 (Sat)

”終活”とは自殺合法化を考えること・その1

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終活についての記事を見つけました。
日本はこれから、人類史上未曾有の超高齢化社会を迎えます。2020年には人口の3分の1、50年には約4割を65歳以上が占めると推計されており、どこの家にも寝たきりや認知症の老人がいるのが当たり前になるでしょう。 そこで話題になっているのが「終活」で、エンディングノートや遺言の書き方、相続を争続にしないための財産分与、葬儀や墓、戒名を自分で決める方法など、さまざまなアドバイスが巷に溢れています。しかし、これがほんとうに「いかによく死ぬか」を考えることなのでしょうか。
オランダでは1970年代から安楽死合法化を求める市民運動が始まり、80年代には安楽死が容認され、94年には、自殺未遂を繰り返していた50歳の女性を安楽死させた精神科医が「刑罰を科さない有罪」という実質無罪になりました。 この女性は22歳で結婚して2人の男の子を産みますが、夫の暴力で家庭生活は不幸で、長男は恋愛関係のもつれを苦に20歳で拳銃自殺してしまいます。息子の死のショックで精神に異常を来たした彼女は、精神病院から退院すると夫と離婚、次男を連れて家を出ますが、その直後に次男はがんであっけなく死んでしまいます。 生き甲斐だった2人の息子を亡くした女性は大量の睡眠薬を飲んで自殺をはかるものの死にきれず、かかりつけ医に「死なせてほしい」と頼んでもあっさり拒否され、自発的安楽死協会を通して精神科医と出会います。 この精神科医は彼女を診察し、「自殺願望を消す方法はなく、このままではより悲劇的な自殺をするだろう」と診断し、同僚ら7人の医師・心理学者と相談のうえ、致死量の即効睡眠剤によって患者を安楽死させたのです。
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誰でも一度は死にたいと思ったことはあると思う。20代の頃までは生きることに執着していましたから、死にたいなどとみじんも思ったことはありませんでした。
しかし、少し長く生きると「もう十分かもしれない」と言う諦めやら妥協やらで生きることへの執着が薄れてしまう。
結婚生活が破綻してうつ状態になった時は「消えてなくなりたい」と毎日思っていました。職場で無理して明るく振る舞うとその反動で家に帰ると悲しくて悲しくて涙が止まりませんでした。
息子の悩みで精神状態が不安定になった時も、中央線のホームに立っているのが怖かったです。「飛び込んだら一瞬で楽になるのに」と毎日思っていましたから。人身事故で迷惑していた時は「なんで電車なの?」と腹を立てていましたが、実際、不安定な精神状態になるとそういう衝動が抑えられなくなると言うのを身を持って知りました。
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