2017-05-21 (Sun)

感涙、亡き妻からの「待っている」が生きる支えに 震災6年後、遺族の今

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亡くなった妻と婚約指輪を交わした結納の日の晩にも、夢の中に妻があらわれたのだという。
「いるかいないかわからないような真っ暗な中で、ぼんやりと輪郭だけが見えていました。そしてはっきりとひと言、『戻りたい』と私に言ったのです」
Aさんにとって夢は、生きていく糧となっていった。
「触れ合うことも会話をすることもできないけど、夢の中だけが震災前と同じ気分に戻れるんです」
「愛する人がいない世界は想像を絶する地獄です」とAさんは言う。
そんなAさんを慰めるかのように、妻と娘は夢にあらわれ、そして声をかける──。
そしてある日、妻はAさんにこう告げた。
「待っている」
「『待っている』というのは、私にとっては究極の希望です。
みなさんの言う希望は、この世の希望ですよね。私の希望は、自分が死んだときに最愛の妻と娘に逢えることなんです」
Aさんは続ける。
「死んだ先でも私を待っていてくれるという妻の言葉こそ、私には本当の希望なんです。いつか再会できるんだという一縷の希望が持てたからこそ生きてこれたのだと思います」
  *  *  *  *  *
この記事を読んで泣いた。Aさんは本当に想像を絶する地獄の毎日なのだろう。それを考えたら私の苦しみなど問題にならないかもしれませんが、気持ちがよく分かるんです。私は二人目の子を流産しました。無理して仕事を続けた自分の責任だとずっと後悔しています。子どもが好きではなかった私が娘を産んで人生が変わりました。自分の子供の愛おしいこと。この命の重さ。私にとって地球よりも重い。そんな大切な命を失って世界の終わりのような気持ちでした。5年後、無事に息子を産み、更に失った子への思いは強くなりました。貧乏させるけど生きて生まれてほしかった。姉弟3人の姿を見たかった。
あれから22年経つ今も一日も忘れたことはありません。毎日お線香をあげて月命日には八百万の神々に「成仏できないかもしれませんが、私の近くにいさせてあげて下さい。どのみちもうすぐ私もそちらに行きます。その時は一緒に抱いて行きます。だから、どうか連れて行かないでください」とお願いします。小さな子が独りぼっちはさぞかし寂しいと思うのです。この子のためならカナヅチでも三途の川ガンガン泳いで渡るし、何も恐れるものはありません。
いや待てよ。もしも彼が成長しているとすれば22歳だ。私が逆に背負ってもらう側になるかもしれない。それは死んで再会した時のサプライズということで、取りあえず待っててね。もしも背負って貰うとしたら迷惑かけないように太らないようにダイエットしてます。
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